ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「血の匂いがする」
 目醒めた直後、玲は秀麗な顔をしかめた。
「誰かが……要が呼んでる」
 状況が把握できないのか、玲の視線はしばし宙を彷徨った。
「神栖くん、大丈夫? わたしが解る?」
「――違う。要じゃない」
 ふと、玲の視線が莉緒に固定された。
 虚ろだった眼差しが徐々に生気を取り戻し、冴え冴えとした輝きを発し始める。
「ああ……あんたが呼んだのか。確か、お節介な蕪木さん、だ」
 ようやく莉緒の姿を認識したのか、玲は口の端を僅かに吊り上げた。
 とりあえず、玲には笑おうとするぐらいの気力はあるらしい。
 莉緒は安堵の息を吐き出した。最悪の事態を免れたことが心底嬉しい。
「痛っ……! ったく、また酷くやってくれたよな」
 舌打ち混じりの玲の声。彼は身を起こしかけて、己の身に降りかかった災厄を思い出したらしい。不快げに眉をひそめている。
「あれ? ところで蕪木さん、あんた、どうしてここにいるわけ?」
 酷い怪我を負っているうえに身体を拘束されているというのに、玲の声はどこかのんびりとしていた。自分に加えられた暴力よりも莉緒の存在が気になっているらしい。
「あなたを助けに来たのよ」
「――は?」
 玲が解せない様子で目を眇める。
 莉緒は慌ててかぶりを振った。
「あ、違う。えっと、違わないけど、そうじゃなくて――要くんを助けてもらおうと思ったら、あなたがここに閉じ込められてたの」
「要? 助ける? 蕪木さん、あんたさ――」
「源さんが、要くんを助けられるのは神栖くんしかいないって! だから、あなたを呼びに来たの。そうしたら、神栖くんはこんなんだし。わたし、どうしたらいいのか……」
「悪いけど、ちょっと黙って」
 玲が莉緒の言葉を冷然と遮る。
 莉緒はハッと身を竦め、怖々と玲を見返した。
 玲と視線が合致した瞬間、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が全身を駆け抜ける。
 玲は瞬きもせずにじっと莉緒を見据えていた。
「ああ、そっか。あんた、村の秘密を知ったんだな」
 短い沈黙の末に、玲が重々しい溜息を吐き出した。
「瑞穂がアーサーにやられ、祟り鎮めの儀式が始まって要が祠に入った。で、あんたは源さんに言われて、俺を迎えに来たわけだ」
「どうして解るの?」
「あんたの話が要領を得ないから、申し訳ないけど頭の中を覗かせてもらった」
 事も無げに玲は告げる。
 莉緒は唖然と目を丸めた。彼の言葉の真意が掴めない。
「前に言っただろ。俺は化け物なんだ」
 玲が投げ遣りに告白し、自嘲気味に唇を歪める。
 莉緒は、彼の口元に視線を釘付けにされた。
 玲の口の端から二本の鋭い犬歯が姿を現したのだ。
 獣の牙のようなソレを、莉緒はつい先刻目撃したばかりだった。
「俺は、あいつと同じ化け物なんだ。村の人間なら誰だって知ってる事実さ」
 玲がまた皮肉げに微笑む。
 異国めいた端整な顔は妙に悲しげだった。
 莉緒は声もなく玲を凝視した。
 玲の言う『あいつ』とはアーサーのことだろう。
 つまり、玲は吸血鬼だということになってしまう。
「嘘……。冗談でしょ?」
 格子を握る手が震え、無意識に顔が仰け反った――恐怖のためだ。
 アーサーと対峙した時の恐ろしさが甦り、玲に何をされたわけでもないのに頭が警戒信号を発した。
 玲をアーサーと同じ怪物だと脳が勝手に判断を下し、身体が本能的に彼から遠ざかろうとした。
「真実だよ。この地下も、この牙も見なかったことにして、何も知らない振りして逃げるなら今のうちだ」
「……ごめんなさい」
 ――わたし、神栖くんを傷つけた。
 莉緒は立ち去るかわりに震える手にギュッと力を込めた。
 幼い頃から化け物と罵られ、散々疎まれてきた玲。その玲に対して、村人と同じような反応をしてしまったことが、ひどく恥ずかしい。
「行けよ。あんたが村の秘密に首を突っ込むことはないさ」
「行かない。わたし、約束したの。要くんを助けるって、瑞穂と約束したの」
 莉緒は再び格子に顔を近づけた。
 怯懦した己を胸中で厳しく戒める。
「それに、要くんを連れて村から逃げろって言ったのは神栖くんよ。祟り鎮めの儀式から要くんを助けたら、わたし――そうするわ。だからお願い。力を貸して」
 莉緒は真っ直ぐに玲を見つめて宣言した。
 彼に自分が敵でも余所者でもないことを認めてほしかった。
 信じてほしかった。
 決して、生半可な気持ちでここまで来たのではないことを示したかった。
「あんた、馬鹿だな。ホントにお節介だな」
 玲の唇から苦笑が零れる。
 その笑みは、彼が莉緒の存在を受け入れてくれた合図のように感じられた。
 胸に蟠っていた恐怖と躊躇が、霧が晴れるようにしてパッと消え失せる。
「お節介は母親譲りなの。わたしのせいじゃないわ」
 莉緒は微笑し、軽く肩を竦めてみせた。
 かつて母が村から父を護ったように、自分も瑞穂や要や玲の力になりたいと切に思った。
「神栖くん、時間がないの。要くんは自ら望んで祠に入ってしまったわ」
「解ってる。要を助けたい気持ちは、俺もあんたや瑞穂と変わらない」
 鎖に囚われたまま玲が淡然と告げる。
 口調はさっぱりしているが、秀麗な顔には翳りが生じていた。傷が酷く痛むのだろう。
「まずは、あなたをここから救出しないことには、どうにもならないのよね。鍵の在処とか知らないの?」
「祖父さんが持ってる。合い鍵はない」
「じゃあ、どうすればいいの? 斧は役に立たなかったし、神栖くんは重傷だし」
 莉緒は渋面で地下室を眺め回した。
 莉緒では鉄格子を破壊することはできない。
 玲は鎖に絡め取られて動けない上に怪我人だ。自力での脱出も到底無理だろう。
 八方塞がりの状況に、莉緒は暗澹たる気分に陥った。
「こんな怪我は慣れてるし、いつもならすぐに回復する。けど、失血量が多いのが問題だな。力が出ないし、頭がボーッとしてる。――なあ、要を助けたいなら協力してくれよ」
「何をすればいいの?」
 莉緒は緩慢な動作で玲に視線を戻した。
「血をくれ」
「えっ?」
「あんたの血をくれ」
「――――」
 莉緒は絶句した。
 驚愕に強張った顔を玲に向ける。
 玲の双眸は真剣な光を宿していた。
 冗談や酔狂で提言しているわけではないのだ。
「血を呑むと……どうなるの?」
「完全な化け物になる。あいつと同じように、ね。身体の傷はあっという間に完治し、鎖も格子も容易く破壊できるだろうさ」
 玲が己を揶揄するように吐き捨てる。
 莉緒はアーサーとよく似た眼差しの玲を見て、大きく唾を呑み込んだ。
 確かに、玲がアーサーの同類ならば、その肉体に宿る能力は驚異的なものだろう。アーサーが易々と傷を治したように、玲にも同じことが可能なのだ。
「俺は今まで人間の血を呑んだことはない。これからも吸う気はなかった。けれど、要を助けるためならその考えを翻してもいい。いや、そうしなければならないんだ」
「今まで吸ったことがないの?」
「あんたが初めてだ」
 玲がまた自嘲の笑みを浮かべる。
 物凄く自虐的で痛々しい微笑だった。
「神栖くんは、本当に……それでいいの?」
 莉緒の胸は鈍い痛みを発し始めていた。
 要を助けるために玲は大きな犠牲を払わなければならない――源二はそう言っていた。
 それはつまり、自分がアーサーと同じ吸血鬼であることを認めなければならないということだ。
 人の生き血を啜ったことはないという、玲の言葉に嘘はないのだろう。彼の至極真摯な眼差しがそれを物語っている。
 ただ、一度でも人間の血を吸ってしまうというのは、玲にとってはこの上なく苦痛なことであり、己の裡に宿る何かが完全に変わってしまうということなのだろう。
 今まで必死に自制し、堪えてきたものを解放させることは、玲自身にとって恐ろしい決断に違いない。
 人の血を味わえば、もう引き返すことはできない。
 玲は血を呑む欲求や衝動に苛まれ、これまでのように普通の人間として暮らすことはできなくなるに違いない……。
 彼は、十七年間の生活を全て捨て去らなければならないのだ。
「構わない。要を助けるためなら、俺は化け物にだってなれる」
 躊躇わずに玲が答える。
 それを受けて、莉緒は大きく頷いた。
「わたしも決めた。後戻りはしない」



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2009.08.22 / Top↑
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