ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 おぞましい儀式が行われているというのに、須要の山はひっそりと静まり返っていた。
 山の中腹を照らす篝火が、不気味な雰囲気を醸し出している。
 上空を仰ぐと、赤味がかった月が素知らぬ顔で輝いていた。村で起こっている異常事態など全く与り知らぬ、というように。
 片手に斧、もう一方の手にポリタンクを持ったまま、玲は裏木戸から外界へと身を移した。
 莉緒が彼の後に続いた、その瞬間――
「莉緒!」
 遠くから自分を呼ぶ声が飛んできた。
 莉緒は反射的に足を止めた。
 垣見の森から誰かが出てくる――叔父の亮介だ。
 亮介は両腕に何かを抱え、逼迫した表情でこちらに歩み寄ってくる。
 亮介に抱え上げられているのは、瑞穂だ。
 だが、その様子はどこかおかしい。肉体から全ての力が削がれてしまったかのように、彼女はぐったりとしていた。頭が仰け反り、両腕はだらりと地面に向かって垂れ下がっている。
「あれは……瑞穂――なのか?」
 玲が震えを帯びた声を発する。
 莉緒は立ち竦み、近寄ってくる亮介と瑞穂を愕然と凝視していた。
 遠くからでも解ってしまった。
 生気の全く感じられない瑞穂の肉体。そこから微かに漂う死臭――
「瑞穂っ!」
 やにわに莉緒は金切り声をあげ、亮介に駆け寄った。
 亮介が蒼白な顔で歩みを止める。苦渋に満ちた眼差しが莉緒に注がれた。
「すまない。間に合わなかった……」
「そんなはずないわ!」
「……間に合わなかったんだよ」
 悄然と呟き、亮介はピクリとも動かぬ瑞穂を地に横たえた。
「瑞穂、瑞穂っ!!」
 莉緒はその場に膝を着き、友人の頬に手を伸ばした。
 まだ温かい。
 だが、その肌は死者のものだった。
 血の気が全くなく、土気色に変わりつつある。
「瑞穂ちゃんは森の途中で倒れていたんだ。左の掌に刀を突き刺した痕があり、そこから血が噴き出していた。死因は出血多量だ」
「何で、そんなことする必要があったのよ?」
 莉緒の胸は怒りと悲しみに締めつけられた。
 瑞穂の左手には、亮介が述べたように穴が空いており、未だに血液を垂れ流している。
 そして、驚くべきことに、彼女は右手にしっかりと日本刀を握り締めていた。
「おそらく、失血のショックで気を失わないように、敢えて自分の身体を傷つけたんだと思う。痛みを生むことで意識を保とうしたんだろう。それが逆に仇となった。結局――」
「瑞穂、目を開けてよ!」
 莉緒は亮介の言葉を遮り、瑞穂の身体を揺さぶった。
 涙が勝手に溢れ出し、頬を濡らす。
 言い表しようのない痛みが全身を駆け巡っていた。
 瑞穂は己の限界を無視し、生命を削ってまで須要の山を目指したのだろう。そうまでして要を助けたかったのだ。
「すまない、莉緒、玲くん」
 亮介が深く項垂れる。
「蕪木先生の責任じゃない。瑞穂が自分の意志で決めたことです」
 不意に、玲の押し殺した声が間近で響いた。
 いつの間にか彼は斧とポリタンクを手放し、瑞穂の傍らに来ていた。
 静かにその場に跪き、蒼い瞳で瑞穂を見つめる。
「馬鹿だな。おまえが死ぬ必要なんて、どこにもなかったのに」
 訥々と囁く玲の顔は、恐ろしいほど無表情だった。全ての感情を裡に隠し、彼は幼なじみの死に耐えていた。
 玲の白い手が瑞穂に伸ばされる。彼は心臓の鼓動を確かめるように瑞穂の胸に手を当てた。
 莉緒が目顔で問いかけると、彼は小さく首を横に振った。
 それから指を瑞穂の唇へと移動させる。
 指先が唇に触れた瞬間、突如として異変が起こった。
「玲、あいつを殺して。要を取り返して!」
 絶息したはずの瑞穂の瞼が跳ね上がり、カッと両眼が見開かれたのだ。
「あいつを殺して!!」
 呪詛のような瑞穂の声が響く。
 恐るべき現象だった。
 これも玲の力が引き起こしたものなのだろうか……。
 何にせよ、それが瑞穂の想念であることは間違いない。
 死に際まで――いや、死してなお彼女は要を救うことを切望しているのだ。
「おまえの遺志はちゃんと受け取った。だから、もう眠っていい。――蒼月、借りるな」
 玲は指で瑞穂の瞼を閉ざすと、日本刀に手を伸ばした。
 堅く握られているように見えたのに刀は容易く瑞穂の手から剥離し、玲の手中へ納まった。
「蕪木先生、瑞穂を頼みます」
 簡素に告げて、玲はすっくと立ち上がった。
 放置していた斧を刀とともに右手に持ち、二つのポリタンクを素肌の左肩に軽々と乗せる。
 それを見て、莉緒は慌てて立ち上がった。
 瑞穂の死は痛ましいが、玲にはまだやるべきことが残っているのだ。
 莉緒も最後まで彼につき合うつもりだった。
「莉緒!」
「ごめんなさい。ちょっと行ってくるわ」
 不安そうな亮介に一声かけ、莉緒は玲の腕から斧と日本刀をもぎ取った。何としてでも神社に行こうという強い意志が、莉緒を突き動かしている。
「わたしも瑞穂の仇をとりに行く」
 莉緒が決然と宣言すると、玲は口の端に微笑を刻み、空いた右手を莉緒の腰に回した。
 驚く間もなく、玲の右肩に担ぎ上げられる。
 玲は尋常ではない力でもって、易々と自分の肩に莉緒を腰かけさせたのだ。
「跳ぶから、怖かったら目を瞑ってろ」
 言い終えないうちに、玲は地を蹴っていた。
 直ぐ様、突風に見舞われる。
 玲が驚異的な跳躍力を活かして須要の山を昇っているのだ、と気づいたのは、瞬きを一つした後だった。
 周囲の景色が物凄い速さで後方へ流れてゆく。
 あまりのスピードに、莉緒は瞼を堅く閉ざした。
 瞳を閉じる寸前、視界に飛び込んできたのは、赤光を放つ満月。
 莉緒には、まるで玲が緋い月を目指して飛翔しているように感じられた。


     「十二.緋い月」へ続く


次から最終章に入ります。なので、玲はずっとセミヌードのまま……(苦笑)
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2009.08.24 / Top↑
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