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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.08.23[09:06]
「茜っ! 茜っっっ!」
 ぐったりとした茜の姿を目にした途端、頭にカッと血が上った。
 全身が激しい怒りに囚われる。
「茜っ!」
 高丸の呼びも虚しく、茜はベンツの中へと姿を消してしまう。
 垣間見えた茜の青ざめた顔が残像のように網膜に張り付いていた。
 明らかに茜の様子はおかしい。意識を失っている――いや、強制的に意識を奪われたのだ。事態は把握できないが、茜が攫われようとしていることだけは容易く想像がついた。
「茜っ!」
 ベンツのドアが閉められる音に、高丸はハッと現実に立ち返った。
 弾かれたように地を蹴り、脇目も振らずに男たち目がけて突進する。
 ――茜を助けなければ!
 その想いだけが強く胸を占め、高丸を駆り立てる。闘争本能と敵愾心に一気に火が点いた。
「茜を返しやがれっ!」
 憤怒の形相で男たちを睨み据え、高丸は右の拳を堅く握った。
 男たちが一斉に振り返る。その中の一人に的を絞り、高丸は拳を繰り出した。だが、男の顔面に拳が到達する寸前、高丸の腕は男の力強い手によって掴み取られていた。驚きに目を瞠った瞬間、強烈な痛みが腹部に走る。男の左足が腹部を直撃したのだ。
「――うっ……!」
 蹴りをまともに喰らって高丸は呻いた。込み上げてきた嘔吐感を堪えるように、腹部を片手で押さえる。
 男たちは鍛え上げられた体躯に相応しく、喧嘩沙汰には慣れているらしい。体格だけなら負けない自信はあるのに、その自信も易々と打ち破られてしまった。
「この……ヤロー!」
 己を奮起させるように叫び、高丸は再度男に挑みかかった。
 男が鬱陶しげに高丸を一瞥し、素早くパンチを打ち出してくる。
 目にも留まらぬ速さで、男の拳が高丸の頬で炸裂した。
 脳天を衝撃が駆け抜け、視野が乱れる。激痛に全身が声にならない悲鳴をあげた。
「祇園寺っ!」
 衝撃に耐えきれず崩れ落ちようとした高丸の腕を、誰かが強く引いた。
 耳を通過した凛とした声音に、高丸は辛うじて己を取り戻す。
 歪んだ視界に徳川直杉の麗姿を発見した。
「下がっていろ」
 直杉の双眸が鋭利に輝く。
 彼女は女性とは思えないほどの強い力で高丸の身体を後方へ引っ張ると、男たちの前に立ちはだかった。
 男たちが新たな邪魔者を排除しようと直杉に向かって躍りかかる。
 だが、直杉の毅然とした表情が揺らぐことはなかった。彼女は、拳を振り上げた男の腕を冷静に掴み取り、信じられない迅速さで巨躯を誇る男を投げ飛ばしたのだ。
「徳川……」
 改めて直杉の凄さを知り、高丸は目を瞠った。女性に助けられるのは情けないし格好悪いが、正直、生身で闘うことに関しては直杉の方が遙かに優れている。
 直杉が二人目の男には鮮やかな回し蹴りを放つ。吹き飛んだ男を顧みもせず、彼女は軽やかに身を転じた。
 三人目の男が拳を振り上げながら襲い来る。それを軽く身体を引いて躱わし、直杉は男の首筋に容赦なく手刀を打ち込んだ。
「ぐっ……!」
 苦痛の呻きを洩らし、男が地面にガックリと膝を着く。
 更に直杉が男を蹴り付けようとした時――
「何をしていますの!」
 若い女の声がベンツの中から響いた。
 驚いてベンツを見遣ると、助手席の窓が半分ほど開いていた。
「引き上げますわよ!」
 華美な檜扇で顔を隠した女が鋭く命令を放つ。
 男たちは声の主に対する畏怖を表すように素早く身を起こし、ベンツへと駆け寄った。高丸と直杉のことなど眼中にないような慌てぶりでベンツに乗り込んでしまうのだ。
 男たちを呑み込んだ刹那、ベンツは急発進した。
「茜っ!」
「待てっ!」
 高丸と直杉の声が忙しなく交錯する。
 だが、その声がベンツに届くわけもない。
 黒塗りのベンツは学園前の道を猛スピードで直進し、見る見ると遠ざかってゆく。
「くそっ……!」
 高丸は茜を奪われた悔しさに、ギュッと拳を握り締めた。ベンツの後ろ姿を追う眼差しに、無意識に力が籠もる。
 高丸は己の心に忠実に、怒りの波動を《力》へと変換して解き放とうとしていた。
 サイコプラズマを駆使すれば、今ならまだベンツの動きを封じ込めることが可能だ。
 高丸は緩やかに片手を挙げ、掌をベンツへと向けた。転瞬、
「駄目だ、祇園寺!」
 鋭い制止と共に、腕に直杉の手がかかる。
「止めるなっ!」
「祇園寺、人が多すぎる。サイコプラズマを使うのは危険だ!」
 もう一度直杉に釘を刺されて、高丸はきつく唇を噛み締めた。直杉の言っていることは正しい。自分の持つ特殊能力を無闇に人前で晒すことは危険な行為だ。
「ちくしょう……!」
 忌々しげに吐き捨て、高丸は正門の壁に拳を叩きつけた。拳が切れて血が滲み出したが、全く意に介さない。こんな痛みは、茜を攫われたことに比べれば取るに足らないものだ。
 ――赦せない。
 茜を拉致した人間も、茜を救えなかった自分も……。
「落ち着け。私とて口惜しいのは同じだ。だが、今は己を責めている場合でも落ち込んでいる場合でもない。首謀者を突き止め、榊を助けにゆくぞ」
 慰めるような直杉の声が耳元で響く。
 高丸は強く歯噛みしたまま頷いた。
 助ける方法はある。
 必ず助けみせる。
 記念すべき茜の誕生日を、こんなつまらぬ出来事でぶち壊しにはしたくなかった。
「何処の誰かは知らぬが、私たちを敵に回したことを後悔させてやる」
 酷薄に囁き、直杉が口許に冷笑を浮かべる。
 もう一度深く頷き、高丸はゆっくとりと顔を上げた。
 ――何が何でも茜を助けてやる!
 己の心に強く言い聞かせ、毅然と前を見据える。
 茜を乗せたベンツの姿は、もう何処にも見当たらなかった……。



「ねえ、ねえ、ねえ、ねえ!」
 不意に、妙に場違いな明るい声が耳を掠めた。
 脳天気な声に高丸は思わず直杉と顔を見合わせ、それから声のした方角に首を巡らせた。
 いつから現場にいたのか、すぐ傍に松本志緒の姿があった。
「ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ナオちゃん!」
「……何だ、志緒?」
 志緒に声をかけられて、直杉が胡乱げに彼女を見返す。
「今、『ねえ』って何回言った?」
 志緒の質問を聞いた直後、直杉は口許を引きつらせて彼女から視線を外した。無言で肩を竦め、大きく溜息を吐き出す。
「ねえ、ナオちゃ~ん!」
「志緒に付き合っている暇などない」
「ナオちゃんのケチィ~」
 志緒は唇を尖らせ、恨みがましい視線を直杉へと向けた。
 だが、直杉の凛然とした横顔が志緒へ戻ることはない。志緒の言動に呆れているのだろう。
「ねえ、高丸くん。茜くん、どうなっちゃったの~?」 
 直杉の素っ気ない態度に質問を諦めたのか、志緒は別の話題を振ってくる。一応、群衆の中から事件を目撃してはいたらしい。しかし、一日の大半をボーッと過ごしている志緒には、見ていても要点が掴めなかったようだ……。
「どうしたもこうしたも――茜が攫われた」
 志緒の言葉に先刻の屈辱的な拉致事件を思い出し、高丸は憮然と舌打ちを鳴らした。
「えっ? 茜くんがぁ~?」
 志緒は心底驚倒したらく、ただでさえ大きな目を更に見開いた。
「あっ、そうか! だから健治くん、あんなに慌ててたのね~!」
 僅かな沈黙の後、志緒は何か閃くものがあったらしく、ポンと両手を打った。
「そういや、紀ノ國屋はどうしたんだ?」
 高丸は紀ノ國屋の姿が見えないことにようやく気付き、小首を傾げた。
「馨先生を呼びに行ったみたいよ~。志緒、健治くんに高丸くんたちを呼びに行くように言われて、ここに来たの~。いつもの場所に集合だって~!」
 いつもながらの間の抜けた口調で志緒はのほほんと告げる。
 聞いた途端、高丸は眉間に深い皺を寄せた。
「それを早く言え!」
 ジロリと志緒を一睨みし、高丸は踵を返した。
 無論、いつもの場所――家庭科室に赴くためである。


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