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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.08.24[08:53]
    *


 理事館・理事長室の荘厳な扉を目にした瞬間、心の中で荒々しく渦巻いていた憤怒が一気に増大した。
「茜を返しやがれっ!」
 高丸は堅固そうな扉に向かい、勢いよく両の掌を押しつけた。
 背後から馨や直杉たちの制止の声が飛んできたが、構わずに掌に神経を集中させる。
 刹那、高丸の掌から巨大な炎の塊が噴出した。
 凄絶な勢いで扉が吹き飛ぶ。宙を舞う僅か数秒の間に扉は焼き尽くされ、塵芥と化した。
 高丸は得意の熱コントロール能力で、器用に扉だけを焼き払ったのだ。
 室内には、和泉田雄一郎と篠田三次の姿があった。
 彼らは優雅にお茶を飲んでいたらしく、手に湯飲みを持ったまま凝固している。驚愕と恐怖に強張った表情で、二人は舞い落ちる灰と高丸を交互に見比べていた。
 高丸はそんな二人を尻目に、悠然と室内に足を踏み入れた。
 馨たちも追い付いた順に続々と理事長室に駆け込んでくる。
「ぎ、祇園寺君、一体どういうことかね?」
 落ち着きなくキョロキョロと視線を宙に彷徨わせ、和泉田が震える声で問い質す。
「訊きたいのはこっちだ! 茜を返せっ!」
 高丸は相手が理事長代理という身分の人間だということも忘れ、物凄い剣幕で和泉田に詰め寄った。応接セットのソファに座る和泉田の胸倉を掴み、力任せに引き寄せる。
「茜を返せ!」
「な、な、何のことを言っているのか私には解らないよ、祇園寺君」
 額に汗を滲ませながら和泉田が引きつった笑みを浮かべる。
「そうだよ、祇園寺君。榊君の件を警察に通報しようかしまいか、私と理事長代理は相談をしていたところなんだよ。さあ、理事長代理を離しなさい」
 素早く篠田が和泉田に助け船を出す。
「嘘つけ! おまえらが茜を攫ったんだろ!」
 高丸は篠田にも鋭利な視線を送ってやった。和泉田を離す気は毛頭ない。それを察したのか、和泉田は慌てたように弁明を始めた。
「違うんだ! 誤解だよ! 我々は心の底から榊君の身を案じているのだよ。彼は我が学園の大切な――理事長だからね!」
「その理事長が目障りだから、アンタは茜を学園から追放しようと何か企んだんだろっ!」
 高丸は語気を荒げて和泉田を一蹴した。掴んだ胸元をきつく締め上げる。
「そんな滅相もない! 我々が理事長に悪事を働くなんて、馬鹿げた妄想だ。言いがかりだよ! 君は我々を侮辱しにきたのかね」
 急激に和泉田は顔色を変えた。怒気を漲らせた眼差しで高丸を見上げ、激しく怒鳴り立てる。
 予期せぬ反撃に高丸は虚を衝かれ、唖然と和泉田を見返した。和泉田の双眸は真摯な怒りに満ちている。とても嘘を吐いているようには見えなかった。
「アイタタタ……! ああ、何か、理事長代理の息子にヤラれた怪我が急に痛み出してきたな。傷が疼くぜ……。やっぱ親父に言って、ちゃんと警察に事情を話そうかな?」
 突如として、紀ノ國屋が腹を押さえながら蹲る。
 途端、和泉田はギョッと目を丸めた。
「き、紀ノ國屋君! 本当に申し訳なかった。息子も充分反省してるし、どうか警察には――」
「うう……理事長代理が正直に茜のこと打ち明けてくれたら、考えてもいいかな」
「だから、それは誤解なんだよ! 我々は理事長拉致事件に一切関わってはいない! 何なら紀ノ國屋会長の前で、そう誓ってもいいんだよ!」
 慌てふためいた様子で、和泉田が矢継ぎ早に言葉を並べる。
 一拍の間を措き、紀ノ國屋が溜息を一つ落としながら立ち上がった。苦笑が高丸に向けられる。
「高丸。コイツらホントに関係ないみたいたぜ? 拍子抜けだったな」
 肩を竦める紀ノ國屋を高丸は茫然と見つめた。無意識にガックリと全身から力が抜ける。
 紀ノ國屋は和泉田の本音を訊き出すために見え透いた芝居をうったのだ。だが、紀ノ國屋会長の名を出されても和泉田は茜拉致事件への関与を頑なに否定した。そこまで断言するのだから真実なのだろう。
「私たちが無関係だと解ってくれたかな?」
 篠田がニッコリと微笑みながら尋ねてくる。
 まだ幾ばくかの疑心は残っていたが、高丸は不承不承に頷いた。和泉田と篠田を全面的に信用することはできないが、証拠がないのだからこれ以上の糾弾は行えない。
「理事長代理、学園長――本当に榊君の拉致事件には絡んでないのですね?」
 念を押すように馨が問いかける。
「無論、我々は全く関係ないよ、黒井先生。それは紀ノ國屋会長だけではなく、君のお父上にも誓える。理事長は、きっと何処かの不逞の輩に誘拐されたに違いない!」
 馨の姿を視野に納めた途端、和泉田は媚びるような声音で喋り出すのだ。
「諸君、今一度、榊君が何故攫われたのかを考え直さなければならないようだよ」
 和泉田に軽く頷いてみせてから、馨が手招きで皆を集合させる。
 自然と円陣を組む形となった。
「今回ばかりは、美麗の情報もハズレか……。ったく、誰が茜を攫ったんだよ!」
 当てが外れたことに、高丸は多大なショックを受けていた。同時に、真犯人に対する憎悪が胸中で鎌首を擡げ始める。和泉田たちを犯人だと勝手に決めつけた己の早計さも恨めしいが、それ以上に真犯人に対する憎しみは大きい。
「身代金目当の誘拐なんじゃな~い? 茜くん、お金持ちだも~ん」
 志緒が稀にも至極真っ当な見解を披露する。
「そっか? オレは身代金目当ての犯行じゃないとみたね」
 志緒の考えを即座に紀ノ國屋が否定する。
「何か思うところがあるのか、紀ノ國屋」
 直杉の怜悧な眼差しを受けて、紀ノ國屋はやけに自信ありげにパンチと指を鳴らした。
「スバリ、誘拐犯は男だ! ホラ、茜って女顔の美形じゃん。きっと茜の美貌にトチ狂ったホモ男が、勢い余って拉致したんだぜ。可哀相に茜のヤツ、今頃――」
「ふざけんなよ、紀ノ國屋っ! トチ狂ってるのはおまえだ、おまえっ!」
 全てを聞き終えないうちに、高丸は紀ノ國屋の頭を思いっ切り殴っていた。
「……残念だな、紀ノ國屋。私が見た限りでは、拉致実行犯の首謀者は女だったぞ」
 直杉が苦々しい笑みを顔に張り付かせる。
 その言葉に、高丸はハッと目を見開いた。
 今まで忘れていたが、ベンツの窓から指示を飛ばしたのは確かに女だった。
「ねえねえ、健治く~ん。ホモって、なぁに?」
「おまえは黙ってろ、志緒! 今、大事なことを思い出した! オレの閃きが消えたら、おまえのせいだからな! ついでに、お嬢様がそんなコトに興味を持たなくてもいい!」
 高丸は呑気に尋ねる志緒の頭を片手で押さえ付け、もう一方の手を素早くズボンのポケットに突っ込んだ。そこから、くしゃくしゃになった封筒を取り出す。
 今朝、茜から渡されたラブレターだ。
 紀ノ國屋のホモ云々の話は馬鹿らしくて相手にする気にもなれないが、『恋愛沙汰の縺れ』という一点だけは高く評価してやりたかった。そのおかげで、このラブレターの存在を思い出したのだ。
「オレの心当たりはコレしかない」
 取り出したピンクの封筒を皆に差し出す。
「なぁに、これ? ラブレター?」
 志緒が高丸の手許を覗き込み、数度瞬きを繰り返す。
「そう、茜宛のラブレターだ。差出人は不明。ここ一ヶ月、毎日送られてきた。便箋二〇枚に『好き』って書かれてるんだよ。これ書いたヤツが、ベンツに乗ってたあの女で――茜を拉致した犯人なんじゃないか?」
「まあ、榊にかなり惚れ込んでいる女の仕業ならば、考えられなくもないな」
 直杉が胡散臭そうにラブレターを見遣る。
「とにかく、何か手懸かりがあるかもしれないから、みんな見てくれ」
 ラブレターに一縷の望みを託し、高丸は中の便箋を取り出した。
 折り畳まれた便箋を開いた瞬間、フワリと花の芳香が漂う。
「ほう。これは百合の薫り……。差出人は中々粋な計らいをする女性のようだね」
 馨が感心したように一人頷く。
 それを無視して、高丸は皆に便箋を適当に配った。心中で一から二〇まで数えて――はたと動きを止める。
 何故か、常より一枚多い。
 嫌な予感がして、高丸は慌てて二一枚目に視線を走らせる。そして絶句した。
「うっ……わっ……! バ、バカだ、オレ! 茜も中を見たんなら、どーして言ってくれないんだよっ!」
「どうした? 何が書いてあるのだ?」
 混乱したように喚く高丸の手から、直杉が二一枚目の便箋を取り上げる。
「貴方をお迎えに参りますので、楽しみに待っていて下さいませ――貴方の運命の恋人より。――むっ……これは犯行予告ではないかっ? 祇園寺の阿呆! このような重大なことを何故今まで黙っていたのだ!」
 詰るように直杉が大声を張り上げる。
 直杉の苛烈な眼差しに射竦められて、高丸は泣きたくなった。決して自分が悪いわけではないのだが、直杉に責め立てられると自分が諸悪の根源のような気さえしてくる……。
「い、いや……だってオレ、中見るの今が初めてだし――」
「祇園寺がもっと注意を払っていれば、未然に拉致を防げたかもしれぬのだぞ」
「い、いや……それは……ごもっともなんですけど……」
「あんま怒んなって、直杉! 高丸が悪いわけじゃねーし、誘拐犯がラブレターの差出人だって解っただけでも進歩だろ」
 ビクビクと身を震わせる高丸を可哀相に思ったのか、紀ノ國屋が陽気な口調で直杉を宥める。
 直杉は自分でも言いすぎたと感じたのか眉を顰めた後、簡素に謝罪した。
「すまない、言が過ぎたな。……この手紙の主が真犯人に相違ない。しかし、問題の差出人が判明しないことには、何も解決しないな」
 自嘲気味に微笑み、直杉が高丸の手に便箋を戻す。転瞬、
「祇園寺君、ちょっと僕に貸したまえ!」
 馨の指がそれを引ったくった。
 馨は気難しい表情で便箋に視線を落とす。
 程なくして、片方の眉がピクッと跳ね上がった。
「ベンツのナンバーを覚えている人はいるかな、諸君?」
「あっ、えーっと、確か数字は『15-17』だったような気がするけど」
 紀ノ國屋が記憶を手繰るように顔をしかめ、自信なさげに応じる。
「それだけ解っていれば充分だとも!」
 双眸をキラリと輝かせ、馨はスーツの胸ポケットから携帯電話を取り出した。慣れた手つきで携帯を操作し、耳に当てる。
「――僕だ。『15-17』のベンツを誰が使用しているのか、また使用している場合は現在地を至急確認してくれたまえ。……ふむ、なるほど。……解った。ありがとう」
 一分も経たないうちに、馨は通話を切った。
 短い事務的な通話だったが、馨には多大な収穫があったようだ。顔が喜色に満ちている。
「諸君、犯人が判ったよ!」
 勢いよく携帯電話を折り畳み、馨は誇らしげに一同を見回した。
 そして、
「黒井百合子――僕の妹だ!」
 臆することなく堂々と宣言したのである。
 瞬時、空気が凍りついた。



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