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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Tue
2009.08.25[21:33]
     *


 榊茜は、腹部に鈍い痛みを感じて目を醒ました。
 瞼を開けると、見知らぬ部屋の天井が視界に飛び込んでくる。
 意識が明瞭になるにつれて記憶が甦ってきた。
 正門前で不審な男たちに囲まれ、腹を殴られて気絶させられた。下腹部がズキズキ病むのはそのせいだろう。
 天井が見えることから、ベッドに寝かせられていることは解る。
 しかし、ここが何処なのか、誰が自分を拉致したのか、またその目的が何なのか――ということは皆目解らない。
 大きく息を吐き出し、寝返りを打とうと身体を動かす――が、そうすることは不可能だった。手足の自由が利かないのだ。
 恟然と目を瞠り、茜は自由になる首だけを動かして現状を確認した。
 両手足がベッドの支柱にロープで縛りつけられている。しかもロープは相当きつく縛ってあるらしく、藻掻いても全く緩まなかった……。
「一生の不覚……」
 拘束された己を不甲斐なく感じ、茜は嘆息を洩らした。ここから自力で抜け出すのは至難の業のようだ。
「何処なんだ、ここ?」
 とりあえず自分の置かれている状況を観察しようと、茜は首を起こして周囲を見回した。
 刹那、絶句する。
 驚愕のために、双眸が否応なしに見開かれる。
 壁一面に自分の顔を発見した。
 大小様々な自分の写真が、床と天井以外の部分に所狭しと飾られているのだ。
「――気持ち悪い……」
 思い切り顔をしかめながら、率直な感想を述べる。夥しい数の自分に囲まれるというのは、はっきり言って気分の良いものではない。
「何処だよ、ここ?」
 不快も露わな声で呟く。
 転瞬、ドアが開く気配がした。
「わたくしの別荘ですわよ」
 高く澄んだ声と共に、何者かがベッドに歩み寄ってくる。
 茜は胡乱げな眼差しでベッドの脇で立ち止まった人物を見上げた。純白のセーラー服が目に眩しい。腰まである癖のない黒髪が印象的な美少女だ。
 第一印象――美人。
 しかも誰かに似ている。『世界は自分のために在る』と主張している誇らしげな眼差しが、誰かにそっくりだ。
「……誰?」
 答えを聞きたくないような気もするが、反射的に茜は訊ねていた。
「わたくしは、貴方の運命の恋人ですわ」
 少女は陶酔した眼差しを茜に注ぎながら、躊躇いもなく応える。
 すぐに茜は少女が何者であるかを察した。『運命の恋人』という言葉には嫌と言うほど覚えがある。
「君が謎のラブレターの差出人ってわけか」
 自然と苦い笑みが込み上げてくる。
 少女は手紙の言葉に忠実に、自分を迎えに来て――そして、ここに連れ込んだのだろう。
「そうですわよ。わたしくは、日本の――いいえ、世界が誇る最高の美少女。そして、貴方の未来の花嫁・黒井百合子ですわ」
 少女はベッドの端に腰かけると茜に顔を近付けて、艶然と微笑んだ。
 ――やっぱり馨先生の血縁か……。
 茜は急激に頭痛を感じた。百合子はとても初対面とは思えないほど、嫌な意味で親近感がある。
「君が俺の未来の花嫁? 随分と勝手だな」
 茜は柳眉を顰めて百合子を見返した。
「あら、そんなことはありませんわ。だって、わたくしが貴方を好きなように、貴方もわたくしのことを好きなのでしょう、茜様」
 百合子はうっとりと茜に見入っている。
「あのさ……俺たち初対面だよね?」
「そうですわよ。わたくし、お兄様の写真で茜様を見た瞬間、一目で恋に堕ちましたのよ。ですから、毎日、健気に恋文を送りましたわ。わたくしの愛は、きっと茜様に届くと信じて……。ああ、夢のようですわ。現実に茜様がわたくしの傍にいて、わたくしを愛して下さるなんて!」
 百合子はすっかり自分の世界に入ってしまったらしく、妄想に目を輝かせている。
「……俺、君のこと好きだなんて一言も言ってないんだけど?」
 茜は更に眉根を寄せた。何を勘違いしているのか、百合子は茜が彼女のことを愛していると信じて疑っていないようだ。
「あら、茜様の気持ちは、和泉田理事長代理からちゃんと伺っていますわよ。茜様とわたくしが相思相愛だと教えて下さるなんて、親切な方ですわよね」
「あの……狸ジジイ……!」
 思わぬ言葉に茜を瞠目し、毒突いた。
 どうやら和泉田が余計なことを吹き込んだらしい。どんな甘言を吐いたのか知らないが、嘘偽りを吹聴するとは赦せない。自分に対しても百合子に対しても酷い仕打ちだ――侮辱だ。
「悪いけど、俺、君のことなんて好きじゃない。それは理事長代理が勝手に言ったことだし、俺には関係ない。だから、早くロープを外してくれないかな?」
 憮然と茜は言い捨てた。百合子には勘違いを抱かせて悪いとは思うが、己の気持ちを偽るつもりは毛頭ない。
「嫌ですわ。だって、拘束を解いたら逃げてしまいますでしょう?」
「それは、そうだけ――うわっ!?」
 唐突に百合子の手が頬に伸びてきたので、茜は咄嗟に首を仰け反らせた。
 百合子の細い指が茜の顎を掴み、すくい上げる。
「逃がしませんわ、茜様。貴方とわたくしは一つに結ばれる運命……。今日から貴方はわたくしの――わたくしだけの物なのです!」
「俺は物じゃない!」
「でも、わたくしのことを愛しているはずですわ。素っ気ない言葉は、愛情の裏返しなのですわよね」
 至極身勝手な言葉を連ねながら、百合子は艶笑する。しなやかな動きでベッドに乗り込んできたかと思うと、恥ずかしげもなく茜の腰の辺りに跨るのだ。
「愛してない、愛してない! 俺は神に誓って、君のことなんか愛してないっ!」
「まあ、まだそんな嘘をおつきになりますの? 可愛らしい方。そんなところも愛しいですわ」
 百合子の両手が茜の頬を捕らえる。
 彼女の顔が間近に迫ってきた――と認識した時には、既に唇を奪われていた。


 強烈な口づけは、かなり長い間続いた。
 唇を離し、茜を見つめる百合子の顔には恍惚の色が濃い。
 唖然と百合子を見返した茜は、百合子のその惚けた顔を見て背筋に悪寒を走らせた。
 貞操の危機――それをまざまざと感じた。
「好きですわ、茜様」
 再び百合子の唇が迫ってくる。
「うわっ! ちょっ、ちょっと待て――!」
 抗議も虚しく、改めて唇を奪われる。
 百合子の餌食にはなりたくない、と強く思うのだが抗う術もない。
「今日は、わたくしと茜様の記念すべき日ですわ。さあ、早く愛を確かめ合いましょう」
 百合子の片手が首筋を滑る。
 もう一方の手が制服のボタンを外し始めたのを見て、茜はギョッとした。全身がゾクリと粟立つ。
「ちょっと待て! やめっ――た、高丸っ!」
 たまらずに茜は絶叫を放った。
 転瞬、バタン! と勢いよくドアが開かれる。
 一瞬『本当に高丸か!』と期待してしまったが、現実はそうではなかった。黒ずくめのサングラス男が、慌てた様子で駆け込んできたのである。
「百合子お嬢様、大変です!」
「……何ですの?」
 突然の闖入者に、百合子が不機嫌な声音で尋ねる。
「か、馨様が屋敷にいらっしゃいました!」
「――お兄様が……?」
 馨の名を耳にした途端、百合子の顔が強張る。一瞬にして顔から血の気が失せた。
「きっとお怒りになっているわね、お兄様……。いいわ、受けて立ちますわ。すぐに別荘にいる者を総動員させて! 何としてもお兄様の魔の手から茜様を護るのよっ!」
 逡巡を振り切るようにして、百合子は血気盛んに叫ぶ。
 ――魔の手は自分じゃないか……。
 胸中で呟き、茜は苦笑を浮かべた。
 とりあえず、貞操の危機は脱したらしい。
 馨が来たということは、当然高丸も一緒にいるだろう。それは疑う余地もない。
 ベッドから降りて落ち着きなく室内を徘徊し始めた百合子を余所に、茜はホッと安堵の吐息を洩らした。


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