ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ――うまく逃げろよ、直杉。
 胸中で祈り、充は迫り来る水妖に向かって蹴りを放った。
 柔らかいゼリーのような感触が足を包み込む。
 流動体だけに物理的な攻撃は吸収され、あまり効果をもたらさないらしい。
 それでも僅か一瞬、水妖は怯んだようだった。
 その隙を見逃さずに、充は身をくねらせる水妖の脇を抜けてダッシュする。
 しかし、数歩進んだところで、急に背後から足下をすくわれた。
 不意打ちを食らい、充は前につんのめった。
 そのまま床に倒れ込む。
 辛うじて、顎を床に打ちつけることだけは腕で防いだ。
 床に転倒したまま、素早く首を捻って自分の足元を見遣る。
 水妖の本体から細長く伸びた手が、足首をしっかりと掴んでいた。
「くそっ。変化自在なんて卑怯だぞ!」
 充は喚き散らしながら何とか体勢を仰向けに変えた。
「離れやがれっ!」
 足をバタつかせて水妖を払い落とそうとする。
 それが功を奏したのか、足首を握る水妖の手がフッと緩んだ。
「やった!」
 だが、喜んだのも束の間――充の足を掴んでいた水妖は、そこを支軸にし、本体を充目がけて飛ばしてきたのだ。
 青い煌めきが視界を奪う。
 直後、柔軟な物体が顔に貼りついた。
 息苦しさが充を襲う。
 充は反射的に手で青い塊を掴み、強引に剥がした。
 充の手の中で、青い輝きは可憐な少女の顔を象った。
 あっという間に、少女の上半身が形成される。
 少女は微笑みを浮かべ、悠然と両手を伸ばしてきた。
 細い指が充の頬を捕らえる。
「やめっ――」
 抵抗を示そうとした時には、水妖の唇は充の唇にピタリと重ね合わされていた。
 ポタッ……。
 挿入された水妖の舌先から、冷たい雫が落ちる。
 唇を塞がれている充には、それを呑み込む以外に術はなかった。
 水妖が口づけたまま、目だけで微笑む。
 充は愕然と目を見開いた。
 水滴が通過した食道が異様に熱い。
 その熱は恐るべきスピードで全身に蔓延し、内側から身体を火照らせた。
 あまりの熱気に全身から力が抜けてゆく。
 意識が一気に低迷した。
 ――俺、こんな情けない死に方するのか?
 散漫する意識の中、充は呟いた。
 ――どうせ死ぬなら、最期に由香里……抱いときゃよかったな……。
 先刻別れたばかりの恋人の顔が脳裏をよぎる。
 ――こんな時にこんなことしか思いつかないなんて、ホント、俺ってサイテー。
 自嘲の笑みを浮かべた瞬間、充の意識は深い闇の底へと吸い込まれていった。

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2009.06.01 / Top↑
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