ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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Death



西暦2110年・夏――


 柔らかな月光が降り注いでいる。
 天へ向かって屹立するビルの合間を、男は足早に歩いていた。
 うだるような熱気が肌に纏わりつく真夏の深夜。
 彼は、何かから逃げるように人気の絶えた夜の街を歩き続けていた。遙か頭上に浮かぶ月の光だけが道標。彼は仄白い光を頼りに、限りなく無音に近い街を深層部へと突き進む。
 細い裏路地に足を踏み入れた瞬間、ふと彼は歩みを止めた。
 コツ、コツ、コツ……。
 緩やかな足音が耳を掠める。
 いつの間にか、背後に何者かが忍び寄っていた。
 彼は怪訝さに眉をしかめながらも、足音を無視して再び歩き始めた。
 歩調を強めると、後背の足音も間隔が狭まる。
 自分が追跡されていることを確認し、彼は小さく舌打ちを鳴らした。
 追っ手をまこうと更に足を速めた瞬間、
「ミスター・エーリッヒ」
 澄んだボーイソプラノが彼を呼び止めた。
 思いがけず実名を呼ばれ、彼――エーリッヒは一瞬身を竦めた。自然と足が止まる。
「失礼ですが、エーリッヒ・ガノヴァ氏ではありませんか?」
 再度、少年と思しき声がエーリッヒの名を呼んだ。
「裏組織の売人か、それともウサミの追っ手か……。いずれにせよ、私に何の用だ?」
 エーリッヒはきつく眉根を寄せた。この街で彼の真実の名を知る者は少ない。
「僕はマーリンが欲しいだけです」
「何のことだか解らないな」
 エーリッヒは大仰に肩を聳やかしてみせた。相手に背を向けたまま、上着の内側から冷ややかな金属の塊を取り出す――拳銃だ。
「いいえ、解っているはずです。あなたが所持しているマーリンと処方箋を譲って下さい――ドクター・エーリッヒ」
「おまえ……やはりウサミの手の者か?」
『ドクター』と呼ばれた瞬間、全身に戦慄が走った。
 エーリッヒは勢いよく背後を振り返り、銃を構えた。
 銃越しに相手の顔を睨めつけ、新たな衝撃に目を瞠る。
 月光に照らし出されているのは、美しい少年だったのだ。
 眩い金髪にサファイアのような双眸。肌は透けるように白く、顔立ちは中世の宗教画に登場する天使のように綺麗だ。
「天使か……」
「ドクター・エーリッヒ。アヴィリオンの生物学者。五神の一人」
 エーリッヒの感嘆を無視し、少年が淡々と述べる。彼は黄金色に輝く髪を微かに揺らし、ゆっくりとした足取りで接近してきた。
「何故、それを知っている?」
 エーリッヒは厳しい眼差しで少年を睥睨した。
 改めて銃口を少年へと定める。
「どうして、アヴィリオンを捨てたんです? 何故、マーリンを持ち出したんですか? アレは表の世界に流出してはいけない代物です」
「アレは、私が持ち出したわけじゃない。無論、処方箋も持ってはいない」
「……本当ですか?」
 黒衣を纏った少年が音もなく迫る。
 その姿が、エーリッヒには天使の顔をした死神のように見えた。
「本当だ」
「では、質問を変えます。どうして、ドクター・ミユキを殺したのですか?」
「私は殺してない!」
 懐かしい名を耳にした途端、エーリッヒは全身から血が引いてゆくのを感じた。
 恐怖、罪悪感、哀惜――様々な感情が胸中で絡まり合う。
 心が悲鳴をあげた。
「あなたが――いえ、あなたたち四人がミユキを殺したんです」
 少年の右手が伸ばされる。憎しみと怒りを孕んだ蒼い瞳がエーリッヒを捕らえた。
「違うっ……ミユキは自殺だった! 言いがかりはよせっ!」
 エーリッヒは反射的にトリガーを引いた。
 銃声より僅かに遅れて、少年の右腕から血の飛沫が噴き上がる。
 しかし、少年は怯むどころか更に腕を伸ばしてきたのだ。
「銃では殺せませんよ」
 血に彩られた右手が銃を掴む。
 刹那、銃身が粉々に砕け散った。
 少年が己の握力だけで銃を粉砕したのだと悟った瞬間、エーリッヒは後ろに跳び去っていた。
「馬鹿な。そんな……まさか――」
 スラックスのポケットからナイフを取り出し、引きつった表情で少年を見つめる。
 冷たい汗が額から滴り落ちた。
「ドクター、教えて下さい。ミユキを殺し、ガウェインたちを捨てた真意を」
「黙れ。それ以上言うなっ。おまえに何が解る? 何も知らない部外者が……! 私たちの苦悩や葛藤など何も知らないくせに」
 エーリッヒは少年に向かってナイフを翳した。
 少年は逃げも畏れもせずに、ただじっとエーリッヒを見つめている。その静穏な顔を見て無性に腹が立った。
 容赦なく少年の右肩にナイフを突き立てる。
 だが、ナイフは柔らかい肉の感触を伝えてはこなかった。鋼鉄に衝突したかのように、カキンと硬質な金属音が鳴る。
「どうぞ切り裂いて下さい」
 少年が促す。
 エーリッヒはナイフを刺したまま彼を凝視した。また冷たい汗が頬を伝う。
「確かに、あなたにとって僕は部外者なのかもしれません。あなたとは初対面ですし、あなたの苦悩など知りません。でも、ガウェインたちの痛みなら理解できます。あなた方が犯した罪も知っています。もうお気づきでしょうが、僕の身体の右半分は機械です」
 感情を伴わない少年の声。
 エーリッヒは肝が冷えるのを感じた。
 恐る恐る少年の右肩に視線を戻す。ナイフを刺した部分の皮膚は裂け、傷口からは深紅の液体が溢れていた。だが、その下には骨よりももっと硬いものが存在している……。
「その人工皮膚を裂いて確認したらどうです? あなた方が、この世に生み出したモノを」
「まさか、こんなことは有り得ない」
 エーリッヒの手からナイフが零れ落ちた。
 それが路面に落下した瞬間、エーリッヒは必死の形相で少年の右腕を掴んでいた。傷口に指をかけ、強引に肌を裂く。
「ああ……私の罪が……」
 エーリッヒは呻いた。
 少年の肌の下から顔を覗かせたのは、プラチナに輝く金属。通常あるべきはずの筋肉組織ではなく、精緻な機械の集合体だ。
 ――これは、私の犯した罪の証だ。
 エーリッヒはきつく唇を噛み締め、震える指を少年の肩から二の腕へと滑らせた。
「美しいボディでしょう? 人間の筋肉と同じように自由自在に伸縮でき――」
「やめろっ! そんなはずはない!」
 エーリッヒは少年の声を遮った。
 指に力を込め、少年の服を引き千切る。
「ひっ……!」
 空気に晒された白磁のような肌を見て、エーリッヒは息を呑んだ。
 少年の二の腕に《X0》という刻印を発見した時、心の底から震撼した。
「馬鹿な。《X0》だとっ!? 何故、今更Xナンバーが現れる? Xナンバーは全てランスロットが廃棄したはずだ」
「廃棄――ですか。自分たちが創り出した存在をモノのように言うんですね」
「君は亡霊なのか? 私は《X0》なんてナンバリングした覚えはない」
 エーリッヒは半ば錯乱状態に陥りながら喚いた。
 現状が理解できない。信じられない。
 この天使の顔をした少年は今、ここに在ってはならないモノだ。
「僕はあなた方の頭脳の結晶ですよ。リガ・イゾルデ――最後のXナンバーです」
「Xナンバー。私たちアヴィリオンの……」

 ――私たちの夢の結晶。悪夢の結晶。

 エーリッヒは愕然と少年を見つめた。
「君は……楽園からの使者なのか?」
「ええ。僕は、あなたがアヴィリオンを捨てた直後、ある事情でこんな身体になりました。ドクター、お願いです。真実を述べて下さい」
「私は何も知らない。ミユキは自殺だし、マーリンは私の手中にはない」
 エーリッヒは青ざめた顔で首を振った。
 少年の顔に落胆と哀しみが具現される。
「僕は、あなた個人にはさして恨みも憎悪も抱いてはいないんです。けれど、ガウェインたちのためにあなたを殺します。こんな僕でも……こんな化け物の僕でも、彼らは愛してくれる。それに、あなたに恨みはなくても、あなた方の創り出したマーリンだけはどうあっても許せない」
 少年の鋭利な視線がエーリッヒの心を貫いた。
 同時に、左胸に激しい衝撃が訪れる。
 肉が割れ、骨が砕け、心臓が破裂する。
 自分の胸から鮮血が飛び散るのを、エーリッヒは他人事のように眺めていた。少年の右腕が寸分違わず心臓を破砕したのだ。
「そうか。君は……マーリンのせいで、そんな身体に――」
 エーリッヒは急速に生命を失いつつある己れを叱咤し、胸から生えている少年の腕を両手で掴んだ。
 転瞬、少年の顔が苦痛に歪む。
「そうです。マーリンのせいで、僕はこんな化け物に……」
「ならば、私は死を享受しよう。確かにマーリンを創り出したことは……私たちの罪だ。だから、私は喜んでミユキの元へ――地獄へ堕ちよう」
 エーリッヒは少年の手をゆっくりと引き抜いた。
 一際激しく血飛沫が舞う。
 朱に染められた視界の中、痛々しい少年の顔が見えた。触れた腕から少年の震えが伝わってくる。
 ――怯えている。この子は自分が常人とは異なることを恥じ、苦しんでいる。
 自分を死へと誘う殺人者に対して、不思議と憎しみも怒りも湧いてはこなかった。
 これは、己の罪だ。
「楽園と子供たちを捨てた私が言えることじゃないが……君は綺麗だ」
 エーリッヒは最期の力を振り絞り、少年を抱き寄せた。
「君は……生命の輝きに満ちている。化け物でも怪物でもない。人間だ。……そんなに泣かなくてもいい。君は人間だ――」
 エーリッヒは呪文のように言葉を紡いだ。
 ――この子に罪はない。全ての罪は、私たちにある。
 死は当然の報い。
 ――私たちは、赦されざる冒涜を犯してしまったのだから。
 少年を安堵させるように微笑みかける。
 刹那、急激に意識が途絶えた。



 初めて人を殺した。
 リガ・イゾルデは、スローモーションのように崩れ落ちるエーリッヒの姿を茫然と見つめていた。
 地面に横たわるエーリッヒの顔には、微笑が刻み込まれている。
 震える唇を懸命に引き結び、リガは死体の傍らに膝を着いた。
 たった今、生命を奪ったばかりの男の顔を眺め、眉をひそめる。
「僕が……綺麗? こんな化け物なのに? 復讐のためだけに天寿を歪め、生き続ける道を選んだ化け物なのに」
 自嘲気味に呟く。
 ふと、視線がある一点に吸い寄せられた。亡骸の傍に無造作に落ちている紙片。エーリッヒが倒れた際にポケットから零れ落ちたのだろう。
『2106年 アヴィリオンにて』
 そう記されているのに気づき、興味をひかれて紙片を手に取った。
 裏返した瞬間、小さく息を呑む。それは一枚の集合写真だった。
 白衣を纏った五人の人物が、写真には克明に焼きつけられていた。
 中央には、まだ幼さの残る少女。その周りを四人の青年が囲んでいる。
 どの顔にも明るい笑顔が浮かんでいた。当然、写真の持ち主であるエーリッヒの姿もある。
 リガは、遺体と写真の中で微笑むエーリッヒの顔を見比べた。
 写真の彼は、夢と希望に満ちた青年のように見える。己の成功と輝かしい未来を信じて疑っていないような誇らしげな笑み。この写真を撮影した数年後、アヴィリオンに悲劇が訪れることなど想像だにしていなかったに違いない。おそらく他の被写体たちも……。
「あなたは矛盾している。Xナンバーを『廃棄した』と言いながら僕のことを人間と呼ぶなんて……。酷い矛盾です」
 独り言ち、リガはエーリッヒの遺体から視線を引き剥がした。
 写真に注意を戻す。
 少女の右側に立つ、眼鏡をかけた青年に真っ先に目を行った。
 瞬時、心の奥底に強い怨嗟の念がわき上がってくる。
「ドクター・ランスロット。僕の家族を奪った殺戮者」
 この世で最も忌まわしい人物。
 幸せだった自分を奈落の底へ突き落とした悪魔。
 憎きマーリンの下僕だ。
「殺さなきゃ」
 冷酷な眼差しで写真の男を見据え、立ち上がる。
「あと三人――」
 低く呟き、リガは血で彩られた右手で写真を握り潰した。


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2009.08.28 / Top↑
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