ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ラグネルは、真夜中の街を軽快な足取りで歩いていた。
 一歩進むごとに、癖のない長い黒髪が颯爽と風に靡く。
 天に向かって聳え立つ幾つもの高層ビル。
 ビルに囲まれた街は、まるで巨大な迷路のようだ。人気のない夜の街を闊歩していると、その巨大なアトラクションを独り占めしているような快感と優越感が胸に芽生えてくる。
 夜の世界は自分のものだ――という傲慢な気分に満たされる。
 昂揚感がラグネルの胸を弾ませ、歩調を軽くしていた。
 時折ビルの隙間から吹き込んでくる風は、微かな潮の匂いを孕んでいる。
 海が近いのだ。
 より正確に表現するなら、ラグネルの住む世界は四方八方全てが海によって塞がれていた。
 この街自体が、広大な海原の中にポツンと存在する島なのだ。
 太平洋に浮かぶ、直径約百キロメートルの巨大人工島――ブロスリアンド。
 島全体が一つの巨大都市であり、独立した自治国家でもあった。
 島は、東・西・南・北・中央の五つのエリアで構成されている。
 ラグネルの住居は、島の南――西エリアとの境界に近い南エリア内に存在していた。
「早く帰って、ランスロットを安心させてあげないとね」
 近所のコンビニで飲食料の調達をし終えたラグネルは、自宅のある高層マンションへの帰途にあった。
 典型的な夜型人間のラグネルは、日頃から深夜の街を一人で徘徊している。だが、同居人であるランスロットは、それを快く思ってはいないようだった。年若い女性が夜の街をうろつくことに危惧を抱き、ラグネルを見送る時にはいつも渋い表情を湛えている。
 それでも、彼がラグネルに夜間の外出禁止を言い渡すことはなかった。彼は、彼なりにラグネルの自由意志を尊重してくれているのだ。
「心配性のランスロット。でも、大好き」
 ラグネルの顔に自然と笑みが浮かぶ。
 唐突に、一刻も早くランスロットに逢いたいという気持ちが募った。
 買い物袋を両手に抱き締め、闊達とした歩みでマンションへと続く角を曲がる。
 その瞬間、思わず足が止まった。
 顔から笑みが消失し、驚愕のために双眸が見開かれる。
 街灯の光から僅かに逸れた位置――薄暗い路傍に人影を発見したのだ。
 ビルの壁に背を凭せかけ、一人の少年が座り込んでいた。
 仰け反らせた顔は、摩天楼の隙間から覗く夜空へと向けられている。だが、美しいサファイアの双眸は、何も映し出していないかのように虚ろだった。
 ラグネルは少年の整いすぎた顔の造形に驚き、次に呆気にとられた。男女問わず、これほどまでの美貌に出会したことはない。
「ブロスリアンド……アヴィリオン……マーリン――」
 少年の呟きが耳を掠める。
 ラグネルは慌てて我に返った。少年の顔が異様に青ざめていることに気がついたのだ。右肩から泉のように血が溢れている。
 ――怪我をしている!
 反射的にラグネルは駆け出していた。
 少年の傍に屈み込み、その顔を覗き込む。
「ねえ、大丈夫?」
 呼びかけると、少年の顔がゆるりと動いた。空虚な眼差しがラグネルに向けられる。
「ミユキ……ミユキなの?」
 少年の唇から震えた声が洩れる。僅かな驚きが含まれていた。
「違う、ミユキじゃない」
 だが、しばしラグネルを凝視した後、少年はかぶりを振った。それから、一切の興味を失ったようにラグネルから顔を逸らし、また空を仰ぐ。
 その瞼が閉ざされるのを見て、ラグネルは大いに焦った。少年の額に片手を当てる。彼の肌は凄まじいほどの熱を帯びていた。
「酷い熱。それに酷い怪我。どうして、こんなことに……」 
 ラグネルは眉根を寄せた。
 右肩から流れる血が止まる気配はない。
「お願い、死なないで。――そうだ、救急車! 救急車を呼ばなきゃ!」
 ようやく当然の対処に思い至り、ラグネルは買い物袋から財布を取り出した。財布の中には、カード型の携帯電話が入っている。
 それを手に取ろうとした時、
「触るな」
 静かな制止の声が背後から放たれた。
 驚いて顔を上げる。
 いつの間にか真横に男が立っていた。
 二十歳前後と思しき青年だ。彼の輝く銀髪が、ラグネルの目を奪った。
「――アルビノ?」
 髪と同じく、青年の肌は輝きを帯びたような白色をしていた。毛細血管が透けて見えそうなほど真っ白な肌と煌めく銀髪を見て、咄嗟にアルビノだと判断した。しかし、その双眸にはちゃんと色素がある。芽吹いたばかりの草木を思わせる綺麗な若葉色をしていた。
 青年はラグネルの不躾な言葉を無視し、少年に向かって腕を伸ばした。
「この子をどうする気? 酷い怪我を負っているのよ。早く病院に連れて行かなきゃ――」
 ラグネルは無意識に少年を抱き寄せていた。
 青年の眉が不愉快そうにひそめられる。
 直後、彼の手が乱暴にラグネルの肩を掴み、力任せに少年から引き剥がした。
「触るな」
 怒りと苛立ちを孕んだ声が、容赦なくラグネルに投げつけられる。
「そこから動くな。指一本でも、この子に触れてみろ――殺してやる」
 青年の全身から紛れもない殺気が立ち上っているのを感じて、ラグネルは恐怖に身を竦ませた。
 動こうにも動けない。身体が金縛りに遭ったように微動だにしない。
 青年は本気だ。再び少年に触れようものなら、ラグネルは間違いなく殺されるだろう。
 青年は、傷ついた少年をそっと両腕に抱き上げた。少年の怪我に視線を馳せ、安堵したように息を吐き出す。
 青年が優しく少年を抱き直した途端、その姿が消えた。
 跳躍したのだ――とラグネルが悟った時には、青年は遙か頭上に跳んでいた。
 百メートル以上あるビルの屋上に着地し、そこから更に跳躍する。
「なんて跳躍力……!? 人間じゃないわ!」
 ラグネルは目を見開き、驚愕の叫びをあげた。
 あっという間に青年の姿は闇に浮かぶ銀の光点と化した。
 銀光は凄まじい速度で遠ざかり、すぐに視界から消え失せる。
「あれは、きっと悪魔ね。一体、何がどうなってるの? 悪魔が、わたしの前から天使を連れ去っていったわ」
 ラグネルは震える身体を両手で抱き締め、怯えた眼差しで夜空を凝視した。


     「Ⅰ」へ続く



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2009.08.28 / Top↑
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