ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
    *

     
 鐘の音が聞こえる。
 物悲しく響く鐘の音色が静寂を切り裂いた。
「――ここ、どこ……?」
 意識を取り戻し、瞼をはね上げた途端、巨大な満月が視界に飛び込んできた。
 蕪木莉緒は状況が把握できずに、赤光を放つ月をしばし茫然と眺めていた。
 月が見えることから、自分が屋外にいて空を仰いでいるところまでは理解できる。
 しかし、自分が横たわっている場所がどこであるかは判らなかった。
 アーサーの地下室で意識を失ってから、自分がどうなってしまったのか皆目見当もつかない。
「神栖くんと要くんが……いない」
 どこか遠くで鐘が鳴り響いている。
 それが、緋月村における火災発生時の警鐘であることに気づき、莉緒は慌てて身を起こした。
 動いた瞬間、脇腹と頭部に激痛が生じた。
「夢じゃ……ないのね」
 痛みを堪えて立ち上がる。
 周囲に視線を流すと、見慣れた建造物を発見した。青蘭学園分校の校舎だ。
 ようやく莉緒は、自分が校庭に立っているという事実を認識した。
「神栖くんが助けてくれたのね」
 あの悪夢のような地下室から莉緒をここまで運んでくれたのは、神栖玲に違いない。彼以外にそんな芸当ができる人間がいるとは思えなかった。
 莉緒は脇腹を片手で押さえ、校舎に背を向けた。
 不意に、踏み出した足が凍りつく。
 莉緒は驚愕に目を見開き、息を詰めた。
 東の空が紅く染まっている。
 山が燃えていた。
 火の粉を豪快に夜空に舞わせ、山が炎に身を委ねている。
「須要の山が……燃えてる」
 夜の村に鳴り響く警鐘は、あの山火事のせいだったのだ。
 莉緒は思わぬ事態に茫然としながらも、校門を目指してゆっくりと歩き出した。
「オイ、こんなところで何やってんだよっ!? 早く荷物を纏めて避難しろ!」
 校門を抜けたところで、突如として声をかけられた。
 ぼんやりと声のした方を見遣ると、校門の正面――宮沢商店から同級生の直樹が飛び出してくるところだった。
「何があったの?」
 辛うじて質問を繰り出す。
 直樹は莉緒の前で足を止め、不愉快そうに顔をしかめた。
「祟り鎮めの儀式が失敗したショックで、村長が乱心したらしいぜ。境内中の松明をひっくり返したんだってよ。自分の犯した放火のせいで、村長は焼死したって話だけどな」
「あの人……死んだの?」
「そうらしいな。炎の勢いは凄まじくて、もう神栖の屋敷も焼け始めてる。村中に広がるのも時間の問題だ。早く蕪木先生と合流して、逃げる準備をしろ」
 直樹が真摯に告げるのを、莉緒は半ば放心状態で聞いていた。
 緩慢に首を巡らすと、民家には全て明かりが灯っていた。
 乗用車に荷物を積み込んでいる人々の姿もある。
 みな、村から逃げる準備を着々と進めているのだ。
「そんなに酷いの?」
「火の廻りが早いんだ。村の消防団だけじゃどうにもならない。韮崎市に応援を頼んだらしいけど、そいつらが到着するのは早くても一時間以上後のことだ。もう完全にお手上げ状態だ。逃げるしかない」
 直樹に言われて、莉緒はハッと我に返った。
 緋月村は、都会から離れた山深い場所に位置しているのだ。
 韮崎市から救助が来る頃には、村の半分は火焔にまみれているだろう。
 直樹の言う通り、村人たちには家を捨てて村を脱出するしか選択肢がないようだった。
「一人で北へ戻るのが怖いなら、一緒に行ってやるよ。――って、おまえ、何でそんなに傷だらけなんだよっ!?」
 直樹の素っ頓狂な声が莉緒の耳をつんざく。
 直樹は驚きと訝しさの相俟った眼差しで、しげしげと莉緒を見つめていた。
 山火事に直面している恐怖と興奮のせいで、彼は今まで莉緒のズタボロの制服や傷だらけの全身に気づかなかったらしい。
「……闘ったの。勝ったか負けたか解らないけれど、闘ったの」
 莉緒は弱々しく微笑んでみせた。
「闘ったのに、わたし……自分が良いことをしたのか悪いことをしたのか、解らない……」
 不意に目頭が熱くなり、涙が込み上げてきた。
「ねえ、宮沢くん――わたし、生きてる?」
 涙でぼやけた視界に直樹の当惑した顔が見える。
 莉緒は泣き笑いの表情でもう一度訊ねた。
「わたし、生きてるのよね?」
「ああ……。何だか様子がおかしいけど、ちゃんと生きてるみたいたぜ」
 直樹が渋面で応える。
 莉緒は『ありがとう』と小さく囁き、彼の背後へと視線を馳せた。
 ――わたしが生きてるんだから、きっとあの二人も生きてるわ。
 希望と願望を込めて、胸中で呟く。
 村の東――神栖家の屋敷がある辺りで、巨大な火柱が立ち上がるのが見えた。
 危険を伝える鐘の音が、一際忙しくなく夜空に響き渡る。
 村は炎に焼かれて死に絶えるだろう。
 恐ろしい殺戮者と忌まわしい因習、そして長年村人たちを支配してきた独裁者――炎は全てを呑み込み、村は終幕の刻を迎えるのだ。

 もう二度と緋月村に帰ってくることはない。

 莉緒は毅然と天を仰いだ。
 夜空に舞い散る火の粉と、村を照らす紅い月をしっかりと網膜に焼きつけるために。


     「跋」へ続く



 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト
2009.08.29 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。