ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 跋



 時計の針が正午を示す。
 その瞬間を見計らい、蕪木莉緒は自分のデスクから立ち上がった。
 昼休みの始まりだ。
「ちょっと出てくるわ」
 莉緒は慌ただしく白衣を脱ぎ捨て、抽斗からハンドバッグと自動車のキーを取り出した。
「蕪木先生、どこに行くんですか?」
 医局の奥から看護婦が声をかけてくる。
「大事な用なの。午後の外来診察までには戻ってくるから」
 早口で告げて、莉緒は医局を飛び出した。
 緋月村で体験した悪夢のような一夜から、早十年――
 莉緒は、叔父の亮介が東京で開業した病院に医師として勤めていた。
 あの夜、緋月村の大部分が火事で焦土と化した。
 村民たちは一旦韮崎市へ避難した後、それぞれ別の道を歩み始めた。
 緋月村に舞い戻る者は誰一人いなく、村は一年も経たずして廃村となった。
 日本地図から消滅した山村。
『緋月』という地名すら最早地図には記載されてはいない。
 病院独特の薬臭さが漂う廊下を、莉緒は早足で裏口へと向かっていた。
 緋月村を脱出した後の高校生活を、莉緒は韮崎市にある青蘭学園本校で過ごした。そこで猛烈に勉学に励み、医学部のある東京の大学に進学した。
 莉緒の上京と同時に、亮介は杉並区に『蕪木医院』を開業した。
 医師免許を取得した莉緒は、都内にある医大で二年間研修医として働きながら更に学び、この春から亮介の病院で外科医として忙しない毎日を送っている。
 ――わたしがここにいるのは、あの夜があったから。
 紅い月に呪縛された村で、あの惨劇の夜、莉緒は痛切に感じたのだ。
 人が死ぬ姿を見たくはない、と。
 だから、人の生命を救うために医者を目指した。
 ――忘れたくても、忘れられない夜。
 今日で、ちょうど十年。
 十回目の高坂瑞穂の命日だった。
 坂家は大火災の後、練馬区に引っ越している。坂家の墓も石神井にある霊園に建てられていた。
 大学に進学してから、莉緒は毎年欠かさずに瑞穂の墓参りに行っていた。無論、今年も例外ではない。
 莉緒が従業員専用の裏口に到着した時、そこには事務の女の子が一人いた。両手には大量の郵便物を抱えている。
「お出かけですか、蕪木先生」
「ええ、ちょっとね」
「先生宛に何通か届いてますよ」
 事務員は思い出したように告げ、慣れた手つきで郵便物の束から幾つかの封書を取り出した。
 ポストから取り出す際に、誰宛のものなのか既に仕分けてあるのだろう。
 事務員の見事な手腕に感心しながら、莉緒は差し出された封書を受け取った。
 製薬会社から二通、私信が一通のようだった。
「あら? これ、何だか変だわ」
 私信と思しき封書に視線を落とし、莉緒は大きく首を捻った。
 純白の封書には『蕪木莉緒様』としか書かれていないのだ。住所はなく、切手も貼られていない。誰かが直接病院のポストに投函したのだろう。
 怪訝に思いながら封筒をひっくり返すと、裏面は真っ白だった。差出人の名前すらない。
「新手のダイレクトメールかしら? まっ、いいわ。今は、それどころじゃないのよ。こっちはデスクに運んでくれると嬉しいな」
 製薬会社からの手紙を事務員の手に戻し、莉緒は裏口を飛び出した。
 昼休みという限られた時間の中で、墓参を済ませなければならないのだ。手紙一通に心を悩ませている場合ではない。
 莉緒は、差出人のない手紙を無造作にハンドバッグに突っ込むと、駐車場に停めてある愛車へと向かって駆け出した。

     *

 春の陽気な陽射しが広大な霊園に降り注いでいる。
 石神井へやってきた莉緒は、近くの花屋で献花を購入した後、霊園の駐車場に車を停めた。駐車場から坂家の墓までは、さほど遠くはない。
 午後の陽射しを浴びて輝く墓石群の合間を、莉緒は黙々と突き進んだ。
 しばらくすると坂家の墓に辿り着く。
 瑞穂の眠る墓の前で立ち止まり、莉緒は目を細めた。
 若くして亡くなってしまった友人。
 僅か一ヶ月だけだが、彼女は紛れもなく莉緒の親友だったのだ。
 瑞穂の死に際の凄絶さが脳裏に甦ってきて、莉緒の胸はひどく痛んだ。
 瑞穂は勇敢で高潔な武人だった。
 あの呪われた村でたった一人、残虐な殺人鬼に立ち向かった勇猛果敢な剣士だった。
 己れの心を最期まで貫き通した、烈しく強い女戦士。
 そして、誰よりも二人の幼なじみを愛していた、純粋で優しい少女だった。
「瑞穂、また逢いにきたわよ」
 莉緒は胸に生じた鈍痛を堪え、墓石に向かって微笑みかけた。
 買ってきたばかりの献花を墓前に捧げようとして、ふと動きを止める。
 墓には既に大きな花束が捧げられていたのだ。美しい白百合の花束だ。
「源さんが来たのね」
 莉緒は一人頷きながら、百合の隣に自分の献花をそっと置いた。
 毎年、この日に瑞穂の墓を訪れるのは、莉緒と坂源二の二人だけだ。
 瑞穂の両親は、命日の翌日にしか墓参しない。十年前、娘の心を理解しようとせず、何の手助けもしなかったことを悔やんでいるからだ――と源二がいつの日が言っていた。
 莉緒はハンドバッグから線香とライターを取り出した。バッグを小脇に抱えると、片手で線香の束を持ち、もう一方の手でライターを握る。
 ライターに指をかけた時、
「おや、今年は早いね、莉緒ちゃん」
 聞き覚えのある声が背後から飛んできた。
 莉緒は驚きに目を見開き、反射的に後ろを振り返った。
 瑞穂の祖父――坂源二が立っている。
 彼の右手には桶と柄杓、左手には献花が握られていた。彼はたった今、到着したばかりなのだ。
 必然的に、白百合の花束は源二が捧げたものではない、ということになってしまう。
 莉緒は挨拶するのも忘れて、茫然と源二を見つめた。
 頭が混乱しかけている。
 源二でないとすれば、一体誰が墓参に来たというのだろうか?
 こんなことは十年間、一度としてなかったはずだ。
「源さん、ご両親……今年は?」
 莉緒は瞬きもせずに質問を繰り出した。
「いつも通りだよ。いくら誘っても、命日に墓参する資格はないと言い張る」
 微かに表情を曇らせて源二が応える。
 その言葉を聞いて、莉緒は訳もなく焦った。
 白百合の贈り主に全く心当たりがない。
「じゃあ、この花は一体誰が……」
 震えを帯びた声が唇から零れる。
 莉緒は墓に向き直り、まじまじと百合を凝視した。
「おや、わしら以外の誰が、瑞穂を想っていてくれたのかな?」
 源二が莉緒の隣に肩を並べて、心底不思議そうに呟く。
「誰が……誰がって――誰がいるのよ?」
 莉緒は茫然と独り言ちながら、なおも真っ白い花を見据えた。
 純白の百合。
 真っ白な花。
 百合を見つめ続けているうちに、莉緒はつい先刻、自分がこの百合と同じように真っ白なものを手に入れたことを急に思い出した。
 差出人のない白い封書だ。
 手紙同様、贈り主の解らない白百合の花束。
 奇妙な符合。
 偶然の一致かもしれないが、莉緒には閃くものがあった。
 いや、確信があった。
 封書も花束も同じ人物からの贈り物だ。
「まさか……まさか、そうなの!?」
 莉緒は甲高い叫びをあげ、ハンドバッグの中から乱暴に封書を取り出した。
 緊張と期待に鼓動が速くなる。
 全身の血液が沸騰しているかのようだった。
 震える指で封を切る。
 中から出てきたのは、一枚の便箋だった。
 便箋には、短く一言『元気で暮らしてます』とだけ綴られていた。
 その筆跡に見覚えがあった。
 流麗だが、少し神経質さを窺わせる右上がりの文字。
「要くんの字だわ」
 それは紛れもなく、十年前に生死不明のまま行方知れずとなった須玖里要の筆跡だった。
 莉緒の心は喜びに震えた。
 要が生きている――そう確認できた途端、双眸から涙が溢れ出した。
 莉緒は便箋を折り畳み、再び封筒の中に指を突っ込んだ。
 中にはまだ何が入っている。艶やかな手触りから、それが写真であることを察知した。逸る心のままに写真を取り出す。
 写真の裏がまず目に飛び込んできた。
 黒いペンで最近の日付と『スペイン』という国名が記されている。その下に『アサのルーツ、未だ不明』と小さく走り書きがしてあった。
 莉緒は少ない手掛かりから今の彼らの状況を推測しようと、頭を働かせた。
 緋月村が炎に包まれた夜、神栖玲は要を吸血鬼として甦らせることに成功したのだろう。
 そして、二人で村を脱出した。
 その後、どんな経緯があったのかは想像すら及ばないが、海外へと旅立ったのだ。
 おそらく、吸血鬼アーサーがどこからやってきて、どこで吸血鬼として生まれ変わったのかを探るために西欧を渡り歩いているのだろう。
 もしかしたら、紅い月と血の呪縛から解き放たれる術を求めて彷徨っているのかもしれない。
「要くんと玲くんなのか……! 十年目にして、ようやく逢いたい人たちが来てくれたな。よかったな、瑞穂」
 横から手紙と写真を眺めていた源二が、涙混じりに墓に語りかける。
 莉緒は写真を表に返し、そこに写されているものを静かに見つめた。
 サグラダファミリアと思われる建築物を背景にして、須玖里要と神栖玲の姿が鮮やかに写し出されている。
「瑞穂、これで良かったのよね?」
 莉緒はその場にしゃがみ込みながら、いっそう激しく泣いた。
「わたし、ずっと自信がなかった……。ずっと、自分のしたことは余計なことだったんじゃないかって……罪悪感が抜けなかった」
 十年間、常に心に蟠り続けていたことが一つだけあった。
 あの夜、要を助けることを一度は拒否した玲に、莉緒は無責任に『死なせないで』と口走ってしまったのだ。
 玲は、泣く泣く要を吸血鬼にした。
 要自身が望んだことであり、あの時の自分たちにはそれしか選択肢がなかったのだが、莉緒はずっと自分の放った一言の重みに悩み続けていた。
 自分のしたことが正しかったのか過ちだったのか、答を出せぬまま十年間を生きてきたのだ。
 人として死ぬか、吸血鬼として生きるか――迷った末に、二人の少年は後者を選んだ。
 生き延びるためとはいえ、それは玲にとっても要にとっても苛酷な決断であったに違いない。
 十七歳の少年たちには厳しすぎる選択。
 その決意の後押しをしたのは、ただ一人あの場に居合わせた莉緒に他ならないのだ。
 この十年、いつも二人の身を案じ、彼らの幸せを祈っていた。
 そんな莉緒にとって、彼らから届けられた写真はとてつもなく有り難いものだった。
 奇蹟と希望の光が混淆しているような、貴い写真だ。
 全身が二人の少年に対する感謝の気持ちで満たされる――胸が熱い。
「わたし、瑞穂の大切なものを護ることができたのよね? 今だけは、そう自惚れてもいい? そう信じてもいい?」
 莉緒は震える両手で写真を持ち、恭しく墓石へと差し出した。
 両の瞳から止めどなく涙が溢れてくる。
 緋月村で起こった、様々な悲劇や惨劇が克明に甦ってきた。
 十年前の夜が、まるで昨日のことのように鮮明な映像でフラッシュバックする。
 切なさと哀しさに胸がきりきりと締めつけられた。
 その痛みを堪えて、白百合の花束の上にそっと写真を乗せる。
 莉緒は片手で涙を拭うと、写真の中の少年たちに微笑んでみせた。
 写真の中で、玲と要は笑っている。
 十年前と少しも変わらぬ少年のままの二人が、屈託のない笑顔を莉緒に向けていた。 



                             《了》



最後までお付き合い下さり、ありがとうございます!
& 皆様からの拍手・コメント、いつも励みにさせていただいています♪ 本当に感謝です。

「ブラッディムーン」完結しました。
ジュヴナイルのはずなのに、源二が準主役っぽくなっているのは……きっと気のせいです(笑)
この後は「烈光の大地」と「黄昏の宝玉」を続けて行く予定ですが、諸事情により不定期更新になります。
申し訳ありません(;´▽`A``
あ、引越作業の方はそれほど改稿がないので、毎日できればいいな、とは思っています←

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2009.08.29 / Top↑
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