ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 初めて出逢った時、天使のような少年は血の海の中に無惨な姿で転がっていた。
 頭部を除く右半身が、鋭利な刃物でめった切りにされていたのだ。
 リガの周囲には絶息した彼の両親と妹のルナが横たわっており、ガウェインはリガも死んだものだと思っていた。
 だが、少年は奇蹟的に生きていた。
 重傷を負いながらも、脳と心臓は停止を免れていたのだ。
 ガウェインはリガを救うために、瀕死の彼をアヴィリオンへ連れ帰ってきた。
 そしてリガは、ドクター・ミユキの手術によりサイボーグとして甦ったのだ。
 リガの右半身は精密な機械で再構成され、傷んだ内臓は全て人工臓器に取り替えられた。
 あの時は、少年の生命を救いたくて必死だった。
 リガに生きてほしくて、ミユキに手術を懇願した。
 だが今となっては、その選択が良かったのか悪かったのか――解らない。
 手術から二ヶ月、未だにリガはサイボーグ部分との不適合に悩まされている。
 加えて、リガの頭を占めているのは、家族を地獄へと突き落としたドクター・ランスロットへの復讐と、彼が生み出した悪魔の薬《マーリン》の撲滅だけだ。
 更に辛いのは、リガが復讐を成し遂げた後、死を望んでいるということだ。
 サイボーグ化に際し、生身の左半分は薬で成長が止められている。その上、リガがこの先、男性として機能することは永遠に有り得ない。ランスロットによる厄災が降りかかった時、彼は生殖器をも失ってしまったのだ。今ある器官は、生殖機能を持たない人工物だ。
 それらの事柄が複雑に絡まり合った結果、リガは未来に希望を持たなくなった。
 リガに新しい未来を与えることが可能なはずだった唯一の人物――ドクター・ミユキも一ヶ月前に自殺を図り、今はもういない。
 ――あの時、死なせてあげた方が幸せだったのかもしれない。
 ガウェインは、気を抜けば震えてしまいそうな手に力を込めた。
 唇の戒めを解き、許しを請うようにリガの額にそっと口づける。
 ――リガは、心の何処かでオレを憎んでいるのかもしれない。
 これまで幾度となく心を苛んできた悩みが、また鎌首を擡げてくる。
 リガの発作を目の当たりにする度に、ふと芽生えてしまう疑心。
 リガをアヴィリオンに連れてきたのは自分だ、という事実が心に罪悪感と後悔の念を植えつけていた。
「ホント、おバカさんね。どうして、リガがあんたのことを憎んでるなんて考えるのよ? バカじゃないの。バッカじゃないの!」
 唐突に頭を拳骨で殴られる。
 はたと我に返ると、モリガンが不愉快げにガウェインを見下ろしていた。
「勝手に心を読むな!」
 怒りと羞恥に顔を朱に染め、ガウェインはモリガンを睨んだ。
『読心術』は彼女に備わっている特殊能力の一つだ。
「アーラ、あたしじゃないわよ。モルゴスが独断でやったのよ」
 モリガンは妖冶な笑みを浮かべ、ガウェインの怒りをサラリと受け流す。
「モルゴスでも同じことだろ。二度とオレの心を覗くな」
「ハイハイ。でもね、あんたがリガに対して責任を感じるのは解るけど――自己憐憫に浸るのもいい加減にしなさいよ。リガが可哀相だわ」
 モリガンの真摯な眼差しがガウェインを射る。普段、滅多に真面目な部分を見せないだけに、妙な威圧感があった。
「この子は、あんたを憎いだなんて微塵も思ってないわよ」
「それが真実なら少しは報われ――」
 言いかけた言葉は、モリガンの容赦ない張り手によって封じ込められた。
「ったく、このおバカさんは、いつまでそんなこと言うのかしらね。傍にいるあんたがホントは一番よく解ってるはずよ。リガが誰よりもあんたを信頼し、慕ってること!」
 怒り口調のモリガンに対してガウェインは力無く頷き、そのまま項垂れた。
「解ってるじゃない。じゃ、何が怖いのよ?」
「……失うのが」
「これだから、お子様は……! あたしたちがこれ以上何を失うっていうのよ? 少なくともあたしには――もう何もないわ。ああ、これじゃ言い方が悪いわね。あんたとリガとガラ以外は、って意味よ。リガが大切なら、あんたがしっかり護ってあげなさいよ。あんたの力は、そのためにあるんじゃないの?」
 モリガンが矢継ぎ早に捲し立てる。
「解ってる。リガにはもう人を殺させない」
「OK。以上で説教は終わり。――ああ、バカな弟を持つと苦労するわね」
 ガウェインの額を人差し指で弾き、モリガンは妖艶な笑みを浮かべる。彼女はガウェインから離れると、軽やかに踵を返した。
「何処に行く気だよ?」
「東エリアで頻発してる薬物犯罪を調べに行くのよ。きっとマーリンが絡んでるわ。博士たちに繋がる糸なのよ。逃がしはしない。ミユキの死の真相を突き止め、マーリンの流出を防いだら、みんな――あたしが殺してあげるわ」
 モリガンは首だけをねじ曲げてガウェインを振り返った。
 深紅の口紅に彩られた唇は残酷な笑みを象っている。
「ミユキが自殺したなんて、これっぽっちも信じてないわ。あいつらが追い詰めて、殺したのよ。あたしは博士たちを許さない。綺麗サッパリ片をつけたら、アヴィリオンを出るわ。新しい世界に飛び出すの。そのためなら、あたしは――博士たちを殺すことも厭わない」
 感情の籠もらぬ声音で告げ、モリガンは再び歩き始める。
 ガウェインが無言でモリガンの背中を見送っていると、
「その格好で出て行くなよ」
 突如として男の声が響いた。
 空気が裂けるような音がしたかと思うと、長い黒髪の男が虚空に出現する。
 彼が優雅な仕種でパチンと指を鳴らすと、モリガンの身体はあっという間に赤いドレスに包まれた。
「アララ、我らが魔術師殿のご帰還よ」
 モリガンが大仰に肩を聳やかし、おどけた口調で告げる。
「ガウェイン、マーリンだ」
 黒髪の男――ガラハッドは、着地と同時にガウェインに向かって小さな薬瓶を投げて寄越した。
 ガウェインはそれを受け取り、瓶の中で揺れる透明な液体を不機嫌に眺めた。
「常人には悪魔の薬でも、俺たちにとっては魔法の薬だ。リガの痛みを緩和してくれる」
 諭すようなガラハッドの言葉に、ガウェインは無言で首肯した。
 薬瓶とリガをしばし交互に見つめる。
 リガの顔は相変わらず苦痛に強張っていた。時折、頬の辺りが微かな痙攣を引き起こす。混濁した意識の中で、身を蝕む激痛と必死に闘っているのだろう。
 ガウェインは意を決して、サイドテーブルの抽斗から注射器を取り出した。注射器に液体を吸い上げると、手早く針をリガの左腕に押し当てる。
 薬が全てリガの体内に注入されたところで大きく息を吐き出した。
「これで、しばらくリガは起きないな。――ランスロットの居場所が判明した。俺が行ってもよかったんだけど、ガウェインの方が彼に逢いたいと思ってね。南エリアに隠れてるらしい。昨日、リガが倒れていた辺りだ」
 ガラハッドが一語一語噛み締めるように報告する。
 告げられた内容に驚き、ガウェインは目を瞠った。
「ランスロット……」
 ――オレを拾い、研究対象にした男。
 溢れんばかり怒りが胸中を占拠する。それは次第に喜びへと変貌を遂げた。
 自然と顔に酷薄な笑みが広がる。
 おそらくリガはエーリッヒを殺害した後、ランスロットを殺しに向かったのだろう。だが、失血のショックでランスロットの元へ辿り着く前に昏倒した。
 リガにとってもガウェインにとっても、それは幸運だったのかもしれない。
 ――リガに余計な血を流させずに済んだ。それに、ランスロットはオレがこの手で殺さなければならない。あの男は、オレの創造主なのだから。
「リガにはもう誰も殺させない。オレが行く」
 リガの髪を優しく指で梳いてから、ガウェインは決然と立ち上がった。
 裡なる興奮と憤怒を表すように、白い肌が淡い燐光を発した。


     「Ⅱ」へ続く



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2009.08.30 / Top↑
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