ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 見るもおぞましい火焔にくるまれた物体。
 焼け爛れた皮膚。
 焦げる頭髪。
 剥き出しになる骨。
 タンパク質が燃える不快な臭い。
 ごうごうと音を立てて燃える炎。
 彼を閉じ込める紅蓮の火柱。
 裁きの炎――浄化の火炎。
 ――違う。
 あれは裁きでも浄化でもない。
 ――彼は……わたしの愛する彼は、生きたまま焼き殺されたのだ!
 忌々しい死神の火炎に呑まれ、そして自らの意志で窓から飛び降りたのだ。
 あの部屋は二十五階に位置している。
 助かる見込みは一縷もなかった……。
 深紅の炎に焼かれたのは、大好きな、大好きな――
 ――ランスロット!



 声にならない悲鳴をあげ、ラグネルは飛び起きた。
 目醒める直前まで酷い悪夢を視ていた。
 悪夢に耐えきれなくなった瞬間、意識が現へと戻ってきたのだろう。
 鼓動が異常に速い。
 その音は大きく、早鐘のように鳴り響いている。
 ラグネルは汗ばんだ掌をそっと胸に押し当てた。掌だけではなく、全身から冷や汗が噴き出している。汗のねっとりとした感触が目醒めの悪さを煽っていた。
 ラグネルは眉間に皺を寄せ、胸に当てた手を強く握り締めた。
 高ぶる心臓を鎮めるために深呼吸すると、徐々に頭が覚醒し始める。
 途切れていた意識が、気を失う前の恐ろしい出来事へと直結した。
 ――ランスロットが死んだ。
 悪夢よりも残酷な現実。
 そこにラグネルを追い込んだのは、あの白い死神だ。
 二夜連続、自分の前に現れたアルビノの青年。
 彼がランスロットの生命を奪ったのだ。
 あの状況では、彼以外の犯人など考えられない。
 ――あの人がランスロットを殺した。わたしからランスロットを奪った。
 ラグネルは思い切り歯を食いしばった。
 怒りと憎しみが心の奥底から迫り上がってくる。
 ――許せない!
 胸中で叫んだ時、
「ランスロットを殺したのは、間違いなくガウェインよ。でも、あまり責めないであげて」
 思いがけず女性の声が飛んできた。
 ラグネルは驚きとともに勢いよく顔を上げた。
 眼前に一人の女性が佇んでいた。
 身体のラインを強調したドレスを纏った美しい女性。
 深紅のドレスが目にも鮮やかだ。スリットが大胆にも太股の付け根まで入っている。その艶めかしい脚線を見て、ラグネルは妙に気恥ずかしくなった。目のやり場に困る。
「気にすることないわ。同じ女じゃない」
 肉厚の唇が妖艶に言葉を紡ぐ。
 彼女の台詞を聞いて、ラグネルは顔をしかめた。
 一瞬にして、心を読まれているような落ち着かない気分に陥った。不審の眼差しを女へ向ける。
 美しい顔がラグネルを見返し、ニッコリと微笑んだ。
 彼女の艶やかな微笑に戸惑い、ラグネルはパッと目を逸らし――次いで、大きく首を捻った。
 ――ここは、何処?
 今頃になって、自分の措かれている状況に疑問を持ったのだ。
 ここは、見慣れたランスロットのマンションではない。設えられているのはベッド一つだけという殺風景な部屋だ。
 ――わたしはマンションで気を失って、それから……。
 無惨なランスロットの死に様を目の当たりにして、意識を手放した。当然のことながら、それ以降の出来事は全く記憶にない。
「あなたはガヴィに運ばれてきたのよ。それから丸一日経過してるわ」
「あなたは――」
 女の声に三度驚かされて、ラグネルは慌てて視線を彼女へと戻した。
「あたしはモリガン。よろしくね、ラグネルちゃん」
 四度目の衝撃にラグネルは絶句した。
 ――やっぱり心を読まれてる!
 ラグネルはまだ名乗ってない。
 それなのに、妖冶な美女――モリガンは自分の名を知っていた。普通では考えられないことだ。
「アヴィリオンの住人は、みんなそうよ。あなたたちの考える『普通』の範疇には入らない人間しかいないわ」
「あなたは……人の心が読めるのね? 何でも知ってるのね」
 ラグネルは渋面でモリガンを見上げた。
 心を読まれ、言葉を先回りされるのは、気分のいいものではない。
「残念だけど『何でも』は無理よ。まあ、大抵のことなら解るけどね」
 モリガンが唇を歪めて笑い、ヒョイと肩を聳やかす。
「あなたに他人の心を読む特殊な能力があることは解ったわ。けれど、わたしの心を読まないで。無意識に読んでしまうというのなら、それをわたしに悟らせないようにして」
「OK。努力するわ」
 ラグネルが強い語調で告げると、モリガンは意外にもあっさりと頷いた。
 ラグネルはホッと安堵の息を吐き、それから改めてモリガンを見つめた。
「あなたは、あの白い死神――ガウェインとかいう人の仲間なの?」
「仲間というより姉弟に近いわね。ガヴィは、あたしにとってアヴィリオンでできた初めての弟なの」
「姉弟、ね……」
 ふと、ランスロットの死に際の言葉が脳裏を掠めた。
 彼はラグネルのことを『おまえたちの最後の妹だ』とガウェインに告げていた。
 ――あれは、どういう意味? わたしとガウェインに一体どんな繋がりが……。
 そこまで考えて、ラグネルはハッと目を見開いた。
 唐突にモリガンの言葉に引っかかりを覚えたのだ。
 ランスロットの死に対するショックが大きすぎて今まで気づかなかったが、彼女の語る内容は明らかにおかしい。有り得るはずのない単語が容易く言葉に乗せられている。彼女は当たり前のことのように話すが、ラグネルにとっては非常に違和感のある言葉――
 ――どうして、アヴィリオンが出てくるの?
「ちょっと待って! さっきからアヴィリオンって言ってるけど、もしかして、ここは……」
「アヴィリオンの地下二十階よ」
 躊躇の欠片もなくモリガンが応える。
「アヴィリオンは一ヶ月前の火災で閉鎖になったはずよ?」
「世間に知られている地上と地下二階までの部分は、ね。その下は、この通り無傷よ」
「それでもおかしいわ。だって、アヴィリオンは地上三十階、地下二階建ての建物でしょう? 火事のニュースで何度もそう聞いたわ」
「表向きはそうなってるけど、真実は違うのよ。地下三階から十九階までの空間は、何もないただの地中。けれど、地下二階にある秘密のエレベータに乗るとね、不思議なことに地下二十階に到着しちゃう仕組みになってるの。あなたが今いる場所が、その地下二十階。ここがアヴィリオンの真の中枢よ」
「嘘……。ここは本当にアヴィリオンで、閉鎖された後も実は機能してるってこと?」
「正しく機能してるわけじゃないわ。地下二十階を支配していた神――五人の博士たちが揃いも揃っていなくなっちゃったからね。残されたのは、あたしたち実験体だけよ」
 自嘲気味にモリガンが笑う。
 ――五人の博士? 実験体?
 ラグネルは頭が混乱するを感じて口元を引きつらせた。
 モリガンの言葉が何を示唆しているのか微塵も理解できない。
 ラグネルに解るのは、ランスロットがガウェインに殺され、自分は今、アヴィリオンの中にいるということだけだ。
 ガウェインはランスロットの最期の願いを聞き入れ、ラグネルをアヴィリオンへと連れて来たのだろう。
 ――何故、あの人はランスロットの遺言に従ったの? あの人がランスロットの生命を奪ったはずなのに……。
 ラグネルはきつく眉根を寄せた。考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。
「あの人――ガウェインは何処にいるの?」
「さあ? 二十階の何処かにはいると思うけど」
 モリガンの返答を聞くなり、ラグネルはベッドを抜け出した。
「わたし、彼を捜しに行くわ」
「捜しに行くのは、あなたの自由よ。ここにあなたを連れて来たのは、ガヴィだもの。あたしには止める権利なんてないわ」
「わたし、展開が急すぎて頭が混乱してるの。何故、自分がアヴィリオンにいるのか全然理解できないし、考えたくない。今は――どうしてランスロットが死ななければならなかったのかを知りたい。ランスロットはとても大切な人だったから……。わたしは、ランスロットを殺したあの人を許せない」
 独白のように呟き、ラグネルはモリガンの前を通り過ぎた。
「許せないのも、あなたの自由よ。でもね、あなたがガヴィを許せないのと同じくらい、あたしたちはランスロットを許せなかったのよ。ガヴィが殺さなければ――あたしが殺してたわ」
 モリガンの鋭利な言葉がラグネルの胸を抉る。
 ランスロットの方に非があるような言い種だ。
 殺した方にも『殺すだけの理由があった』と、モリガンは主張している。
 ――殺されたランスロットの方が悪いっていうの? そんなの酷いわ。理不尽よ。
 悔しさと怒りが沸々と込み上げてくる。
 だが、奥歯を噛み締めて堪えた。怒りをぶつける対象はガウェインだ。今、モリガンに怒りを全てぶつけてしまったら、ガウェインを追及する気力が萎えてしまう。
 ラグネルは敢えてモリガンを無視し、ドアへ向かった。
 ラグネルが接近すると両開きのドアは自動的に口を開く。
 見知らぬ空間へ足を踏み出そうとした時、
「ねえ、ランスロットは優しかった?」
 静かなモリガンの声が耳に届いた。
 振り返らずに頷く。
「そう。じゃあ、あなたには気の毒なことをしたわね」
 続くモリガンの言葉に、ラグネルは猛烈な怒りを覚えた。
「よくも……そんなことが言えるわねっ! ランスロットを殺したのは――」
 勢いよく身を反転させ、罵声を放つ。しかし、ラグネルは志し半ばで口を噤んだ。
 一瞬、モリガンが泣いているように見えたのだ。
「優しかったのよ」
 ラグネルを見つめながら、モリガンが微笑を湛える。
「昔はあたしたちにも優しかったのよ、ランスロットは」
 モリガンの小さな囁き。
 ラグネルは顔をしかめると再び身を翻した。
 逃げ出すように部屋を後にし、荒い足取りで廊下を歩き出す。
 ――何なのよ。ランスロットを殺しておいて、それを哀しむ素振りをみせるなんて狡いわ。どうかしてる。
 部屋を出る間際に見てしまったモリガンの表情を打ち消すように、激しくかぶりを振る。
 自動ドアに遮られたモリガンの顔――それは泣き笑いの表情だった。
「狡いわ」
 強い憤りを感じ、ラグネルは床を蹴りつけるようにして廊下を進んだ。


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2009.09.05 / Top↑
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