ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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《AVILION B20》
 白一色に彩られた廊下の床や壁に、時折そんな標しを発見した。
 モリガンの言う通り、ここはアヴィリオンの地下二十階に間違いないようだった。
 見慣れぬ白い廊下を当てもなく五分ほど彷徨ったところで、ラグネルは足を止めた。
「……完全に迷子ね」
 大きな溜息をつく。
 怒りに任せて考えもなしにズンズンと突き進んできてしまったが、それが災いした。迷ってしまったのだ。
 今、自分がどこにいるのか見当もつかない。
 モリガンのところへ戻ろうかと考えたが、彼女がいた部屋が何処に位置しているのかさえも明確ではない。迂闊に引き返して、更に迷い込んでしまっては元も子もなかった。
「巨大迷路に置き去りにされた気分だわ」
 苦笑いを浮かべ、再び歩き出す。
 初めて歩く建物の内部は、正にラビリンスだ。
「わたしも軽率よね。ここが未知の世界だと解っていて、一人で飛び出しちゃうなんて」
 独り言ちながら、何とはなしに突き当たりを右に折れる。
 直後、ラグネルは歩みを止めた。
 先刻の夢が、記憶の一部を刺激したのだ。
「違う。わたし――初めてじゃない」
 記憶を手繰り寄せようと必死に意識を集中させる。
 だが、記憶の遡行は激しい頭痛によって阻まれた。
「わたし、ここを知っている……ような気がする。でも、どうして? 何故、わたしは博士たちを夢で視たのかしら?」
 エーリッヒの顔は、ニュースで観たから知っている。だが、ミユキ、エレイン、アシュレイの三人には逢ったこともなければ、雑誌やテレビでも顔を見たことがない。エレインとアシュレイに至っては、アヴィリオンの博士だということも知らなかった。
「どうして、わたしはランスロットが『博士』だと認識してたの?」
 ランスロットがアヴィリオンの関係者だという話は、一度も聞いたことがない。しかし、夢の中のラグネルは彼を『ドクター・ランスロット』だと認めていた。
 ランスロットがアヴィリオンに所属していたのならば、彼がエーリッヒの友人だというのも素直に頷ける。
「わたし、記憶を失う以前にランスロットと逢ってたの? アヴィリオンがわたしの生まれた場所って、どういうこと……?」
 浮かんできた疑問を唇に乗せる。
 だが、答えは見つからない。言葉は虚しく長い廊下の奥に吸い込まれてゆくだけだ。
「解らない。わたしには何も思い出せない」
 もどかしさに、そっと下唇を噛み締める。
 ――ガウェインなら、全ての謎を解き明かしてくれるかもしれない。
 漠然とそんな考えに行き当たる。
 少なくともガウェインは自分より多くを知っているはずだ。俄に、彼の持つ情報が一縷の望みのように思えてきた。
 とにかくガウェインを捜し出し、彼から情報を引き出すのだ。ランスロットを殺された怒りをぶちまけるためにも、彼を見つけ出さなければならない。
 ラグネルは当初の目的を思い出し、探索を再開した。
 だが、次の角を曲がったところで、またしても足を止めざるを得ない状況に陥ってしまった。
 行き止まりに出会したのだ。
「何よ……ここ?」
 ラグネルは顔をしかめた。
 また頭痛がする。
 ――こんなところ知らないはずなのに、来たことがあるような錯覚に陥る。
 既視感のような不思議な感覚が、ラグネルの裡には芽生えていた。
 改めて、行き止まりの通路を見回す。
 左右と突き当たりに、それぞれドアがあった。
「X、Y、Z――部屋番号かしら?」
 三つのドアに順に視線を馳せ、首を捻る。
 ドアには《X》《Y》《Z》の文字が刻印されているのだ。
 これまで目にしてきたドアには、そんな標記など一つもなかった。この三つの扉だけが特別なものであるらしい。
 ラグネルは好奇心に忠実に歩を進めた。
 向かって右側にある《Y》のドアの前に立つ。
 ドアは拍子抜けするほど呆気なく左右に開いた。施錠されてもいなければセキュリティでロックされているわけでもないようだ。
 ラグネルはドアから首を突っ込み、軽く室内を見回した。
 そこは何もない部屋だった。白い壁に囲まれた、装飾一つない無機質な室内。ただの空洞だ。
「空室みたいね」
 肩を竦め、踵を返す。
《Y》の部屋には、興味を惹かれるものは存在しなかった。
 気を取り直し、向かいにある《X》のドアの前に立つ。
 開かれたドアから中を覗き込み、ラグネルは嫌悪に眉根を寄せた。
「な、何なのよ……」
 我知らず、声が掠れる。
 真っ先に目についたのは、中央に設置された手術台のようなものだ。真上の天井からは、無数のコードや触手のような機械がぶら下がっている。
 部屋の最奥には巨大なコンピュータがあり、その横にメスや鉗子などの医療器具を飾った棚が並んでいた。
 ラグネルを震撼させたのは、左側の壁一面にズラリと陳列された奇妙な物体たちだ。
 金属で造られた人の頭蓋のようなもの。頸部、胴体、手足――人体パーツと思しき金属の塊が無造作に壁に飾られているのだ。
「ロボットのパーツ? いやだ、気味が悪い」
 悄然と呟き、ラグネルは後ずさった。
 見るに耐えない。
 いくら機械だと解っていても、分解された人体パーツがバラバラと放置されているのは不気味だ。おぞましい光景。不快をもよおす部屋だった。
 その不気味な部屋から逃げるようにして廊下を走り、《Z》の扉へと向かう。
 ――ランスロットは、ここで何をしていたの?
 保護者に対する疑念がわき上がってくる。彼が自分に隠し事をし、嘘をついていたことはまず間違いない。その事実が、針のようにチクリと胸を刺す。
 ――わたしは彼の本当の姿を知らない。
 ランスロットの秘密。
 失われた自分の記憶。
 それらを知るためには、勇気を出してアヴィリオンの扉を一つずつ開けてゆくしかないのかもしれない。
 ――ランスロットの今際の言葉が真実ならば、ここにはわたしの過去が眠っている。
 意を決して《Z》のドアを開ける。
 眼前に現れた光景に、ラグネルは軽く息を呑んだ。
 室内は夥しい数のカプセルで埋め尽くされているのだ。
 長方形の硝子ケースのようなものが所狭しと並べられている。大きさは、成人した人間が一人横たわれる程度のものだ。
 ラグネルは、硝子で造られたカプセル群をしばし茫然と眺めた。
 視線を四方へ流してみる――カプセルはどれも空のようだ。
 ラグネルはカプセルの一つに歩み寄り、恐る恐る中を覗き込んだ。
 柔らかそうな天鵞絨が敷き詰められているだけで、中身は何もない。
 視線をずらしてカプセルの縁を調べる。カプセルの台座――金属部分から無数のコードが伸びているのを発見した。何処に繋がっているのかは判らない。数多のコードが床を縦横無尽に走っているのだ。その様は蛇の大群のように見える。コードの用途はさっぱり理解できなかった。しかも、現在使用されている気配は微塵もない。機械音が全く聞こえないのが、その証拠だ。
 色々と観察しているうちに、カプセル開閉部――蓋の下方に銀色に輝くプレートが填め込まれていることに気づいた。
《Z1 ARTHUR》
 そう刻印されている。
「アーサー。人の名前……よね?」
 ラグネルは怪訝な面持ちでカプセルを見つめた。
 念のために隣のカプセルも覗き込む。
「《Z2》モルドレッド。《Z3》パーシヴァル。《Z4》ボールス」
 次々にカプセルを確認してゆく。やはり、どのカプセルにも不可解なナンバーと名前らしき文字が刻み込まれていた。
「やだ、また知ってるような気がする。頭が……痛い」
 不意に頭が鈍痛を発した。
 忘れたはずの過去が、意識の水面下で反応を示している。
 ラグネルは頭痛を堪えるようにきつく目を瞑った。
 気絶していた間に視た夢が、閉じた瞼の裏で忙しなく明滅する。
「並ぶカプセル。見守る博士たち。銀のプレート。中で眠る人……いいえ、違うわ。あれは人間じゃない。人の形をした紛い物――人形。そう、人形よ!」
 勢いよく瞼をはね上げる。
 心臓が緊張と興奮のために激しくのたうった。
「わたし、知ってる。ここで眠る人たちを。彼らを眠らせた五人の博士を。……確かめなくちゃ。何処かにきっと鍵があるはず。わたしの記憶を取り戻す鍵が――」
 夢で視た白い世界。
 白い部屋。
 あれは、紛れもなくこの場所だ。
 ラグネルには妙な確信があった。
 ――わたしはアヴィリオンで生まれ、ここで博士たちと逢っている。
 それが、いつのことなのかは解らない。
 だが、ランスロットの言った通り、自分はここで生まれ、既に博士たちと出逢っているのだ。
 ――ランスロットはわたしを知っていた。だから、一緒に暮らしてくれたんだわ。
 そして、彼は嘘をついていた。
 記憶を失くす以前のラグネルを知っていたはずなのに、知らない振りをした。
「知っていたなら、教えてくれればいいじゃない。それとも、教えられないような過去が、わたしにはあるの?」
 不安を感じて、ラグネルは激しく床を蹴った。
 ――かつて、わたしはここにいたことがある。その痕跡を見つけるのよ。
 逸る心を抑えきれずに駆け出す。
 部屋の奥へと進みかけ、ラグネルはふと足を止めた。
「ここには何もない」
 誰もいなかったはずの室内に人影を見出したのだ。
 黒ずくめの青年がカプセルの一つに腰かけ、優雅に足を組んでいた。
「三年前から使用されてない部屋だ。だから――何もない」
 青年が軽やかに床に降り立つ。
 頭の高い位置で一つに結わえられた長い黒髪が揺れた。
「ようこそ、アヴィリオンへ」
 青年の端整な顔が笑みを象るのを、ラグネルは唖然と見つめていた。



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2009.09.06 / Top↑
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