ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 間近で見ると、少年の肌は透けるように白かった。
 ラグネルは、先刻までガウェインが座っていた椅子に腰を降ろしている。
 そこからリガをまじまじと見つめた。
 病み上がりを感じさせる目の下の隈が、胸に鈍い痛みを植えつける。リガの際立った美貌が、余計に彼を痛々しく見せているのかもしれない。
「一昨日の夜、僕のことを心配してくれたよね。――ありがとう」
「あれは当然の行為よ。あなたは酷い怪我をしてたんだもの。それに、結局はガウェインがあなたを助けたんだから、わたしが感謝されることじゃないわ」
 礼を述べるリガに、ラグネルは慌ててかぶりを振った。矢継ぎ早に言葉を連ねたせいか語調が平坦になってしまう。
「お姉さんは、ガヴィに負けず劣らず不器用だね」
 リガが可笑しそうに笑みを零す。
「わたしが不器用なのは、記憶がスッポリ抜け落ちているせいよ。他人と関わった記憶が欠如してるの。だからよ」
 言い訳がましくラグネルは言葉を口にした。
「だって、わたしと喋ってくれるのはランスロットだけ――」
 そこまで告げて、ラグネルは慌てて口を噤んだ。
 ランスロットの名は、リガの前では禁句だ。
 リガの頬が強張るのを見て、ラグネルは直ぐ様自己嫌悪に陥った。
「やっぱり、お姉さんは不器用だね。僕よりもお姉さんの方が、その名を口にするのが辛いはずなのに……。僕にまで気を遣う必要はないよ。ドクター・ランスロットがお姉さんにとって大切な存在だったのは、変えようのない事実なんだから」
 リガが穏やかな口調で告げる。聡明さに満ちた蒼い双眸が、彼の表情を実際の年齢よりも大人びて見せていた。
 ラグネルは彼を見つめ、歯噛みした。
 変わらないのは、ランスロットがリガの家族を殺害し、リガ自身にも残酷な暴行を加えたという事実もだ。
 なのに、リガは何の気負いも憎悪もなく、突如現れたラグネルの存在を受け入れようとしてくれている。
 ――わたしはこの子に比べて、なんて卑小で度量が狭いのだろう。
 忸怩たる想いが込み上げてきて、自然と唇の戒めが強まった。
「ランスロットをお姉さんから奪ったのは僕たちだから、恨まれても――」
「ストップ」
 それ以上のことをリガに言わせるのが耐えられなくなり、ラグネルは大声で遮った。
「あのね……ランスロットの死に関しては、はっきり言って、まだ納得してないわ。でも、わたしが今、元気になったあなたを見て心底ホッとし、喜んでいるのも事実なの。これは矛盾してるかしら?」
「……不器用だね、お姉さんは」
 リガから微笑が返ってくる。
 その綺麗な笑顔に、ラグネルを受け入れてくれる彼の心を垣間見たような気がした。
「わたし今、ガウェインの気持ちが少しだけ解ったかもしれない」
 ガウェインはリガの苦しむ顔や嘆き悲しむ顔を見たくはないのだろう。
 リガから笑顔が消えるのが怖いのだ。リガの笑顔は、失ってしまうにはあまりにも純粋で美しすぎるから。だから、彼はリガのためなら殺人も厭わないのだろう。
「お姉さんなら、すぐにガヴィと意気投合できるよ」
「努力はしてみるけど……自信はないわ」
 ラグネルが溜息をついた瞬間、唐突にリガの表情から笑みが消失した。
 秀麗な顔に苦悶の影が走る。
「どうしたの?」
「ちょっと頭痛を感じただけ……。昨日一日、薬を呑まなかったせいかな?」
 顔をしかめながら、リガはサイドテーブルの抽斗に手を伸ばした。
 そこを開けて、中から何かを取り出す。色とりどりの錠剤と注射器がテーブルの上に置かれた。リガは数種類の錠剤を手に取ると、水を使わずに一気にそれらを呑み込んだ。
「ねえ、そんなに呑んで大丈夫なの」
「平気だよ。呑まなきゃ、逆に大丈夫じゃなくなる」
 淡々と述べて、リガは注射器を取り上げた。
 予め薬液が注入されている使い捨ての注射器だ。針カバーを外し、左腕に当てる。慣れているのか、彼は器用な手つきで注射器を扱い、あっという間に薬を射ち終えた。
「……何の薬?」
「平たく言えばホルモン剤。成長を制御するための薬だよ」
「それって、成長を止めるための薬なの」
 ラグネルは茫然とリガを見返した。
 何故、成長制御薬がリガに必要なのか把握できない。
「どうして? あなたはまだ成長途中で、身体が造られていく過程にあるのに。成長を止めるなんて、おかしいわ」
「僕の身体が成長することは、この先――有り得ないんだよ」
 ラグネルの質問に気を悪くした様子もなく、リガは口元に微笑を刻む。
「お姉さんはアヴィリオンで生まれたらしいけど、ここでの記憶はあるの?」
「残念ながら皆無に等しいわ。ここで生まれたというのも、本当かどうか怪しいし……」
「じゃあ、サイボーグのことは何も知らないんだね。このボディを造るには、莫大な費用が必要なんだ。人工皮膚も、骨や筋肉の代わりになる超軽量特殊金属も、博士たちが試行錯誤の末に産み出した物で簡単には手に入らない。お姉さんが言った通り、僕の肉体はまだ成長期だ。でも、それに合わせてボディを造り替えていくには、とんでもない額のお金が要るんだよ。だから、ボディを替えなくてもいいように成長を制御しなきゃならない」
「でも、それって――」
 ――残酷だわ。
 ラグネルは喉まで出かかった言葉を必死に呑み込んだ。そんな憐れみの感情など、リガは押しつけられたくないだろう。
「僕は望んでサイボーグになったんだから、それは享受すべき事柄なんだ。ミユキに念を押された時、『それでも生きたい』と望んだのは僕なんだからね」
「けれど、お金の問題なら頑張ればどうにかなるんじゃない?」
「お姉さんは重大なことを忘れてる。アヴィリオンには、もう博士たちがいない。それが一番の原因なんだ」
 虚を衝かれて、ラグネルは目を丸めた。
 確かに、すっかり失念していた。アヴィリオンには、サイボーグ手術を行える博士は一人も残っていないのだ。
「他の研究機関に頼めば、何とかなるかもしれないわ」
「無理だよ。中央捜査局が阻止する。地下二十階で行わていた研究が他に漏れるのを防ぐために、ね。それに、他の科学者がミユキたちと同等か、それ以上の成果を上げているとは思えない。僕は直接的にはミユキのことしか知らないけど、彼は本当に天才だった。他の博士たちもそうだって聞くしね」
 リガの声はあくまで冷静さを保っている。肉体の不成長は既に己の運命として、しっかりと受け止めているのだろう。
「博士たちは逃げる際、全ての研究データを消去していったらしいよ。ミユキも自殺の直前に全データを破棄した。だから、ここに残っているコンピュータの中身は空っぽ。ガラハッドとモリガンは初期メンバーだから、博士たちの見様見真似である程度の手術や製薬はできる。実際、ボディの簡単な修理や成長抑制薬の調剤はしてくれるよ。けれど、ボディ本体を造る知識や技術はないんだ」
「データやプログラムがあれば、モリガンたちでもボディを造れるかもしれないのに、博士たちはあなたに――あなたたちに何も残してはくれなかったのね」
 ラグネルの脳裏には、他人を嘲笑うようなエレインのコンピュータ・ディスプレイが浮かび上がっていた。エレインの笑い声を思い出すと、怒りと悔しさが込み上げてくる。
 無性に口惜しさを感じた。
 それはアヴィリオンの実状を知るたびに、徐々に度合いを増してゆく。リガたちの措かれた状況に痛みを感じ、そんな状況に彼らを追いやった博士たちに怒りを覚える自分が、確かに存在していた。
「博士たちはここに何も残さず、あなたたちを置き去りにしたのね」
 ラグネルはきつく唇を噛み締めた。
 ――ガウェインたちが博士を憎むのは、当然のことなのかもしれない。
 ここに隔離され、博士たちの研究対象となり、中央捜査局の特殊構成員として訓練を受けさせられた挙げ句――彼らは信頼する博士たちに裏切られ、捨てられたのだ。
 超能力者であるガウェインやモリガン、ガラハッドはまだいい。彼らには特殊なボディも要らなければ、特別な手術も必要ない。
 だが、リガは違う。彼が生きてゆくためには、博士たちの頭脳と研究成果がなくてはならい。博士たちは研究データを残しておくべきだったのだ。抹消してはならなかったのだ。
「……ごめんなさい」
 瞳に涙を溜め、ラグネルは頭を垂れた。震える拳を強く握り締める。
「ごめんなさい。ごめん……なさい――」
「お姉さんが謝ることはないでしょう?」
「あなたは、ランスロットのせいでサイボーグになってしまったわ。だから、ランスロットの代わりに、わたしが罪を償わなければいけないのよ」
「どうして、ガヴィと同じ考えに行き着くのかなぁ……。二人ともランスロットに拾われたのかもしれないけれど、決してランスロット本人じゃないのに」
「ごめんなさい」
「謝らないでよ。もう顔を上げて。ほら、綺麗な顔が台無しだよ」
 リガの両手が優しく頬に触れ、ラグネルの顔をそっと上向かせる。
 涙に濡れた目でリガを見つめると、彼の慈しみと労りに満ちた微笑みに出会した。
「お姉さんには、他にやらなければならないことがあるでしょう。自分の記憶を取り戻さなきゃね。お姉さんの出自は僕たちにとっても謎だし、もしかしたらお姉さんの記憶が僕たちの今後にも大きく影響してくるかもしれないんだから」
「……そうよね。わたしが本当にアヴィリオンで生まれたのなら、取り戻した記憶は何かの役に立つかもしれないのよね」
 リガに励まされ、ラグネルは照れ笑いを浮かべた。
 どうにも、自分はこの天使のような少年には敵わないらしい。彼の身を案じて訪れたはずが、逆にラグネルの方が心配され、慰められている始末だ。情けないことこの上ない。
「不甲斐ないわよね、わたし。しっかりしなきゃいけないのに。これからは一人で生きていかなきゃならないのに」
「ごめんね……。お姉さんの帰る場所、奪っちゃったね」
 麗雅なリガの顔に翳りが射す。
 ラグネルは笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「帰る場所がないのはお互い様でしょう。ねえ、わたしたち今、とっても不毛で不幸な話をしてるわよね」
「そうかな? 同病相憐む、ってヤツかもね」
「そうしときましょうか。――そういえば、ガウェイン、遅いわね。わたし、ちょっと様子を見てくるわ」
 ふと、ガウェインのことを思い出し、ラグネルは立ち上がった。
 料理を作りにキッチンへ向かったのだろうが、それにしては帰りが遅すぎる。
「全てが終わったら、僕とガヴィは地球を出るんだ。お姉さんも一緒に行かない?」
 ドアの前まで移動したところで、リガの声が飛んできた。
 その唐突な誘いに驚き、ラグネルは振り返った。
 リガの澄んだ蒼い眼差しが、真っ直ぐにラグネルを見つめている。
「嬉しい申し出だけど、わたしとガウェインの相性は最悪だと思うわ」
 やんわりと辞退する。
 リガとの暮らしにラグネルが闖入することなど、ガウェインは頑として認めないに違いない。
 ラグネルは肩を竦めてみせてから足を踏み出した。
 自動ドアが音もなくスッと開かれる。
「お姉さんがガヴィと仲良くしてくれると嬉しいな」
 廊下に身を移した途端、リガの寂しげな言葉が耳に届いた。
「僕はきっと、そう長くは――」
 不意にリガの声が途絶える。
 ラグネルが慌てて背後を顧みた時には、既に自動ドアはピタリと口を閉ざしていた。



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2009.09.14 / Top↑
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