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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.09.12[22:59]
 とても聖職者とは思えないほど卑しい目つきをした肥満体の中年男――デメオラがゆっくりとした動作で地上に降り立つ。
 フワリとローブの裾が優雅に波打つが、純白の聖職衣も着ているのがデメオラだと妙に汚らしく見える。
 デメオラの後に続いて他の神官たちも地上へ降下してくる。
「生け贄を返してもらおう」
 ギロリとこちらを睨めつけ、横柄な物言いでデメオラが告げる。
 ――が、彼は視野に王女であるセリエと現役魔法剣士ラザァの姿を確認して、一瞬たじろいだ。王太子であるラータが、シンシリアとマイトレイヤーの身柄を保護してる、と主張されれば、デメオラの立場は非常に弱いものと化してしまうのだ。
「デメオラ祭祀長がわざわざ出向くような一大事ではありません。――以後、サーデンライト公爵マイトレイヤー殿は、ラータネイル王太子殿下の庇護下に措かれます」
 口調だけは丁寧にラザァがデメオラに応対する。
 マイトレイヤーはデメオラの指示には従わない――そうラザァに明言されて、デメオラは悔しげに唇を噛み締めた。しかし、彼は恐るべき精神力で素早く立ち直ったらしい。
「私はマイセと国王陛下の意志に従って行動している」
 デメオラは不敵な笑みを浮かべ、そう切り返してきたのだ。
「お言葉を返すようですが、レノビア陛下は崩御されました。依って、アダーシャにおける全ての権限は世継ぎの君であるラータネイル様に帰属します」
 ラザァが冷厳に宣告すると、デメオラの双眸が驚愕に瞠られた。ふくよかな顔からは一瞬にして血の気が失せる。レノビアがクラリスの手によって息の根を止められたことを、彼は全く知らなかったのだろう……。
「――い、陰謀だ……!」
 だが、彼は再度己を奮い立たせたようだ。憎々しげな眼差しでラザァを見返し、しつこく食い下がってくる。
「そうだ、これは陰謀だ! 玉座を欲する王太子が悪しき謀を企て、陛下を殺害したに違いないっ!!」
「……何故、殿下が実のお父上を謀殺しなければなりません? それとも、国王陛下には何か殿下に恨まれるような秘密でもあったのでしょうか?」
 ラザァに揶揄を浴びせられ、デメオラの顔が醜く歪む。怒りのために紅潮した顔からは、脂汗が滲み出ていた。
「黙れっ、若造がっ……! ――そこにいる者たちを引っ捕らえよ! 罪状はレノビア国王の暗殺である!!」
 デメオラが背後を振り返り、事の成り行きを見守っていた神官たちに命令を下す。彼の一言で、神官たちは無言のままデメオラを越えて前に進み出てきた。
「お好きなように。ああ、言い忘れていましたけれど、私も殿下から貴殿の逮捕状を預かっていました」
 ラザァが整った顔に冷笑を浮かべる。
「罪状はマイセ神殿の祭祀長でありながら、その裏では邪神を崇める暗黒教――ドチール教の狂信者であること。ドチール教の存在に勘づいたレノビア国王の暗殺です。それと――セリエンヌ内親王殿下に対する数々の非礼な行為の現行犯も付け加えておきましょうか?」
 あっさりとレノビア殺害の罪をデメオラに被せ、ラザァは更に冷笑を深めた。
 デメオラの顔により一層赤味が増す。
 国内のドチール教を殲滅させるためなら冷酷な嘘も処断も厭わない――というラータの意向を素早く察したのだろう。
「相手が魔法剣士だろうと構うことはない! マイセにお仕えする我々が間違うはずはないのだっ!」
 デメオラが鼻息も荒く大声を張り上げる。
 マイセに対する信仰心など微塵もないくせに、いざとなったらその権力と威光を振り翳すデメオラはどこか滑稽だった。
「王太子殿下に国王暗殺犯はこの者たちであると証明するのだ! 多少の犠牲をやむを得ん! 奴らを一人残らず捕らえろ! ただし、生け贄には絶対に傷をつけるなよっ!」
 デメオラが矢継ぎ早に指示を飛ばす。
 引き連れて来た神官たちも皆、ドチール教の信徒たちばかりなのだろう。彼らは、デメオラの言葉に忠実にクラリスたちの方へ向かってくる。
 クラリスはサッと神官たちを眺め回した。
 神官軍団は総勢五十人ほどだ。ラザァとシンシリアがいるのであちらの数的優位など全く問題ないだろう。
 クラリス自身も闘う必要などない。
 そう楽観視していたのに、
「あの超不細工なデメオラの指がマイトレイヤーに触れたんだぞ」
 不意にシンシリアが耳元に唇を寄せてきた。
「マイトレイヤーの白皙の頬を撫で回し、唇に触れ、首筋や鎖骨をなぞり、それから胸――」
 シンシリアの言葉に耳を傾けているうちに、クラリスはうっかりその様を脳裏に思い描いてしまった。胸の奥底からの嫌悪とゾワゾワとした寒気が迫り上がってくる。
「許せないっ!」
 それ以上は聞きたくも想像したくもない。
 美しい兄がデメオラに触れられた――というだけで、クラリスの裡では十二分に重罪だった。
「そうだろ。こればかりは、おまえと同じ気持ちだ」
 シンシリアが不機嫌な眼差しでデメオラを睨む。
「俺だってまだ数えるほどしか抱いてないのに、嫌がるマイトにあいつの穢れた――」
「ちょっと! そんな話、聞きたくないから! 僕の中で兄上はまだ清廉潔白、純情可憐なままなんだからねっ!」
「……諦めが悪いな。おまえの大事な兄上様は、俺の腕の中ではかなり――」
「聞きたくないって言ってるだろっ! 第一、今、そんなこと自慢してる場合じゃないからねっ!」
 愉快そうに口の端をつり上げているシンシリアの脛を蹴りつけ、クラリスは非難の眼差しを向けた。
 シンシリアがつまらなそうに肩を聳やかし、溜息を落とす。
「ねえ、あいつらに僕が手を出したら、国家間の問題にならない?」
 クラリスは、シンシリアがまたふざけた言葉を吐かないうちに、新たな話題を持ち出した。
「国王を殺しといて今更だの質問だが――ならないだろ。あいつらはマイセ神を崇拝し、敬愛する神官じゃない。魔王という悪に身も心も売った堕落者だ。――見ろ。あいつらが首から下げているのは、黄金の六芒星ではなく血染めのものだ。マイセと相容れぬ魔王に相応しい象徴だ」
 忌まわしいものを見る目つきで、シンシリアが神官たちを指差す。
 創世神マイセに遣える神官は、必ず黄金の六芒星を身につけている。しかし、デメオラが引き連れて来た者たちは、見るからに邪悪な感じのする血染め品を胸元に垂らしていた。
「なら、いいや」
 クラリスは、月明かりを浴びても黄金の光を反射させない六芒星を確認して、軽く頷いた。
「ねえ、剣を二本、用意できる?」
「おやすい御用だ」
 シンシリアはクラリスが喋り終えると同時に、虚空に二振りの剣を出現させていた。これくらいの小魔法など彼にとっては造作もないことだ。
 クラリスは宙に浮いている細めの剣を両手に持ち、その握り具合を確かめた。軽さも刃渡りもクラリスが使用するのに不都合はなさそうだった。
「だが――どうして、二本なんだ?」
 シンシリアが訝しげに問いかけてくるのに対して、クラリスは微笑を返した。
「僕が両腕利きだってこと忘れたの? それに、兄上はあんたに盗られちゃったから、もう《イイ子》を演じる必要もなくなったしね――」
 意味深にそう告げると、クラリスは襲い来る神官たちの群れへと向かって駆け出した――



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