ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 北エリアに聳え立つ高級ホテル――グウィネヴィアの六十階。
 最上階にあるカフェから男と共に六〇〇五号室に降りてきたモリガンは、豪華なスウィートルームでくつろいでいた。
 カーテンを閉め切った室内で天鵞絨のソファに足を組んで座り、高価なシャンパンを嗜む。
 アヴィリオンでは味わえぬ優雅な一時をモリガンは満喫していた。
「レディ・モリガン、そろそろベッドルームの方へ」
 モリガンの隣に座するデンが、馴れ馴れしく肩に手を回してくる。
「アラ、気の早い方ね」
 モリガンはシャンパングラスをテーブルに置き、流し目でデンを見つめた。
「わたくしも早くベッドへ行きたいわ。でも――今日はお願いがありますの」
 モリガンはデンの方へ身体ごと向き直り、その肩に両手をかけた。
「あなたはドラッグを扱う組織に顔が利きますでしょう? わたくし、一度試してみたい媚薬がありますの。その薬を服用すると、普段は味わえないような快楽を得ることができるんですって。わたくし、それを呑んであなたと愉しみたいですわ。その薬の名前は――マーリンと言いますのよ」
 デンの頬に指を滑らせ、艶やかに微笑んでみせる。
 転瞬、カーテンの向こう側で紫光が炸裂した。
 数秒遅れて、地鳴りのような音が轟く。
「……今、何て言ったのかな?」
 デンが強張った声音で問いかけてくる。
 その顔は奇妙に歪んでいた。
「マーリンですわ、マーリン。あなた、ブロスリアンドでは五指に入るドラッグの売人でしょう。知らないはずはありませんわよね?」
 意味深に言葉を紡いだ途端、デンの顔が青ざめた。
「俺が……売人だと知っていて近づいたのか? マーリンの名をどこで知った!?」
 焦燥も露わにデンが勢いよくソファから立ち上がる。
「それは、こっちのセリフよ。マーリンの存在を認めたわね」
 モリガンも素早く席を立った。
 怯んだように後ずさるデンの脇腹目がけて、電光石火の如く蹴りを放つ。
「うわっ!?」
 不意を衝かれて、デンの身体は数メートルも吹き飛んだ。
 床に叩きつけられて呻きを洩らすデンに、モリガンは悠然と歩み寄る。
「アーラ、失礼。ちょっと力の加減を間違ったかしら? あばらが数本折れたみたいね」
 愉悦の眼差しでデンを睥睨する。
「き、貴様っ……! 最初から俺を狙ってたのか! 忌々しいっ! 麻薬捜査局の手の者かっ!?」
「麻薬捜査局なんて知らないわよ。あたしはマーリンの出所を知りたいだけ」
「マーリンなんて知らない!」
「じゃあ、コレは何かしら? さっき、あなたの上着から抜き取らせてもらったんだけど?」
 モリガンは片手をヒラヒラと振ってみせる。
 その指には透明なビニール袋が挟まれていた。表には《M》という記号が刻まれ、中には白い粉が詰まっている。
「コレはマーリンよ。あたしには解るの」
 モリガンは笑みを消し去り、鋭い眼光でデンを睨みつけた。
「くそっ……!」
 罵声を吐き、デンが胸元に手を忍ばせる。
 デンが銃を構えるより早く、モリガンは至極冷静に銃身を蹴り上げていた。
 デンの手から呆気なく拳銃が弾け飛ぶ。
「アラ、ごめんなさいね。訓練のおかけで身体が勝手に動いちゃうのよ。それにあたし、華奢な見かけによらず喧嘩大好きなのよねえ。――さっ、モルゴス、出てきていいわよ」
 モリガンが告げた瞬間、その輪郭が微かに歪んだ。
 外界でまた雷光が輝く。
 稲妻の光が消えた後の室内に異変が生じた。
 第三者の姿が忽然と出現したのだ。


「なっ、なっ、なっ……!」
 驚愕あまりに言葉を失ったデンをよそに、第三者の白い手が床に転がる拳銃を拾い上げる。
 優雅にデンを振り返り、彼に銃口を向けた人物はモリガンと同じ顔をしていた。
「ど、どうして、モリガンが二人も……!?」
 デンの視線が同じ顔した二人の女の間を忙しなく彷徨う。
「あたしの特殊能力は、他人の心を読むだけじゃないのよ。分身もできちゃうの。凄いでしょ? アラアラ、ごめんなさい。あなたには何のことだか解らないわよね」
 モリガンは口の端に笑みを刻み、己の分身――モルゴスを見遣った。
 モルゴスの顔にも艶笑が浮かび上がる。
「モリガンはね、超能力者のくせに多重人格者でもあったのよ。この子の凄いところは、自分の裡に棲む人格を現実世界に具現化させちゃう変な力があるってとこね」
「博士たちの研究開発と訓練の賜物よ」
「三十九人もいた人格を幼い頃に死んだ『モルゴス』という双子の妹の人格に統合させ、それを実体化させちゃうんだものね。凄いわよね、あの博士たち」
「き、貴様ら、さっきから何を訳の解らないことを言ってるんだっ!?」
 床にへたり込んだままデンが叫ぶ。彼の顔は恐怖と戦慄に醜く歪んでいた。
「こっ、このっ、化け物がっ!!」
「そんな陳腐なセリフ、子供の頃から聞き飽きてるわ」
 モリガンはデンに視線を戻し、肩を聳やかした。
 化け物――嫌というほど聞かされた罵声だ。
 超能力に目醒めた時も、双子の妹モルゴスを失って心を閉ざし脳内に様々な人格を創り上げていった時も、そして自分が多重人格者であると診断された時も――周囲から浴びせられたのは『化け物』もしくはそれに近しい罵詈雑言だった。
 精神病棟の一室――白いはずなのに昏い独房で、何年間も拘束された。
 最初はモルゴスだけだった別人格は、気付けば三十九人にまで膨れあがっていた。
 頭が破裂しそうだった。
 心がズタズタに引き裂かれそうだった。
 自分の裡に籠もり、自己世界に没頭していたモリガンに救いの手を差し伸べたのが、ドクター・ミユキだ。
 彼は、根気よくモリガンに表の世界に戻ることを勧めた。
 差し出された彼の手を信じ、モリガンはアヴィリオンでの生活を受け入れたのだ。
 博士たちの献身的な努力のおかげで、多重人格はモルゴス一人に統合され、持て余していた特殊能力の使い方や制御方法も学んだ。
「あたしはね、あたしなりに博士たちに感謝していたのよ。愛してたのよ」
 独白のように呟き、モリガンは唇を噛み締めた。
「な、何のことだ?」
「あなたは知らなくていいことよ。さっ、マーリンの出所を教えてもらいましょうか」
 余計な口を挟むデンを一睨みし、モリガンは本題を切り出した。
「し、知らない」
「嘘をついたってムダよ」
 モルゴスがデンに向けた銃を構え直す。デンのこめかみがピクリと震えた。
「お、男だ……」
「それだけじゃ解らないわね。早く吐いちゃった方がいいわよ」
 モリガンは胸元から小銃を取り出し、デンの眉間に突きつけた。
「な、名前は知らない。恐ろしく顔立ちの整った青年だったのは覚えている」
「要領を得ないわね。ちょっと失礼するわ」
 デンの曖昧な供述に溜息を洩らし、モリガンは彼の額に片手を伸ばした。
 ほんの少し触れただけで、デンの記憶がモリガンの中に流れ込んでくる。
 見慣れた男の顔が垣間見えた。
「ドクター・アシュレイだわ。いつ見ても惚れ惚れするほど美しい男ね。嫌味な奴――」
 脳裏に浮かび上がった男の顔を確認し、モリガンは顔をしかめた。
 怜悧な眼差しを持つ端麗な容顔は、アシュレイ・クライメントのものに他ならない。
「アシュレイからマーリンを買ったのね」
「名前は知らない。その男とは東エリアの暗黒街で出逢ったんだ。そいつが最近巷を賑わしている新薬を持っているというから、俺は……俺は――」
 デンの顔は恐怖に引きつっている。
「暗黒街に行けば、アシュレイに逢えるのね。ありがとう、ミスター・デン。あなたに訊きたいことは、もうないわ」
 モリガンが柔和に微笑むと、デンは安堵したのか大きく息を吐き出した。
「じゃあ、俺はもう帰っても――」
「あなたの役目は終わったわ。サヨナラ」
 鮮やかな笑みを浮かべたまま、モリガンは引き金を引いた。
 発砲された弾丸がデンの眉間を貫き、後頭部を突き抜けて壁にめり込む。
 両眼を大きく見開いたままデンの身体が床に崩れ落ちるのを、モリガンは冷徹な眼差しで見届けていた。
「聞いた、モルゴス? アシュレイは東エリアにいるんだって。ガヴィの古巣よ。フザけてるわよね」
 モリガンは何事も無かったかのように銃を胸元にしまい、己の分身に視線を流した。
「ええ、次のターゲットが決まったわね」
「絶対に逃がさないわ。――ああ、もう戻っていいわよ。ご苦労様」
「じゃ、そうさせてもらうわ。またね」
 モルゴスが拳銃を無造作に床に放り、陽気に片手を振る。
 次の瞬間、彼女の肉体は空気に溶け込むようにして消失した。モリガンの裡へと還ったのである。
 モリガンはデンの死体を振り返ることなくソファに戻り、バッグを取り上げた。中からカード型の携帯電話を取り出し、慣れた手つきである番号をプッシュする。
『お客様のおかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をご確認の上――』
 受話口から女性のマシーンボイスが流れてくる。
 それを無視してモリガンは喋った。
「ハロー、かわい子ちゃん。あたしよ」
 直ぐ様、回線が切り替わるような電子音が耳に届く。
『声紋確認。こちらは――』
「あたし。《Y8》よ」
 流れてきた男の肉声を素早く遮る。
「北エリア、ホテル・グウィネヴィア、六〇〇五号室。麻薬密売人の死体とマーリンが転がってるわ。事後処理よろしく」
 一方的に言葉を連ね、モリガンは通話を切った。
 電話をかけたのは中央捜査局の本部だ。
 後の始末は、彼らが勝手にやってくれるだろう。アヴィリオン地下二十階に纏わる痕跡を綺麗に拭うために……。
「アシュレイ発見。一歩前進ってとこかしら」
 カード型携帯電話を片手で握り潰し、ソファに放り投げる。
 長い巻き毛を片手で掻き上げると、モリガンは平然と部屋を後にした。


     「Ⅷ」へ続く



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2009.09.17 / Top↑
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