ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 重苦しい沈黙が辺りに垂れ込めている。
 呆気なく事切れてしまったエレインを、ラグネルは茫然と眺めていた。
 記憶が甦った途端、肉親にも等しい博士の一人が死んでしまった。
 いや、殺されたのだ。
 エーリッヒのレプリカ――博士たちが世に生み出したヒューマノイドの手によって……。
「こんなのって……こんなのって酷いわっ!」
 ラグネルはエレインの死に顔を見つめ、嗚咽した。涙が溢れてくる。
「目を開けてよ……。わたしの記憶を呼び覚ましておいて、自分は死んじゃうなんて狡いわっ! どうして、わたしだけ処分しなかったの? 何故、わたしを護りたかったの? ねえ、教えてよ。答えてよ、エレインッ!」
 支離滅裂な暴言が口から飛び出す。
 エレインの遺体を揺さぶろうとした時、
「よせ。エレインは死んだ。彼女は、もう何も語ってはくれない」
 ガウェインの手がラグネルの腕を掴んだ。
 ハッとガウェインを見上げると、彼は沈鬱な眼差しでエレインの亡骸を見つめていた。
「博士たちは、オレたちを捨てたわけじゃないらしい」
「何故、フレイが関係してくるのか解せないが、博士たちは彼と何か諍いを起こしたんだろう。それを俺たちに打ち明けてくれなかったのは、彼らなりの配慮だったのかもな」
 ガラハッドが悄然と呟く。彼は何もない虚空に白い百合を出現させると、それをエレインの胸元へ乗せた。
 コツコツコツ……と静かな足音が響いたのは、その直後のことだった。
 双眸に緊張を漲らせ、ガウェインとガラハッドが背後を振り返る。
 いつの間にか、細い路地裏に人影が出現していた。
「フレイ・ウサミも、僕たちと同じく科学者だ」
 穏やかな男の声が狭い路地に反響する。
 ラグネルはエレインから視線を引き剥がし、声の主を見遣った。
 片足を引きずり、腹部を手で押さえながら、一人の青年がこちらへ向かって歩いてくる。
 理知的な美貌を持つ青年を、ラグネルは知っていた。
 記憶の甦った今、その人物がとても懐かしく、そして身近に感じられる。
「ドクター・アシュレイ」
 アシュレイ・クライメント――最後の博士が現れたのだ。
「あれほど一人で行動するなと言ったのに」
 アシュレイはエレインの無惨な遺体を見つめ、悲愴な表情を浮かべた。
「大丈夫なのかよ? 顔色が悪いぞ」
 ガウェインがアシュレイの肩に手を置き、眉間に皺を寄せる。
 アシュレイの顔は幽鬼のように真っ青なのだ。秀麗な顔は小さな汗の粒で覆われている。
「それはそうだろう。これではね……」
 皮肉げに笑い、アシュレイはジャケットを捲ってみせた。
 元々は純白であったと思しきシャツは、真紅に染め上げられている。彼の脇腹には、鈍色に光る物体が突き刺さっていた。ナイフの刃だ。柄はない。おそらく、アシュレイは刺さったナイフを強引に抜こうとしたのだろう。だが、刃は引き抜けず、柄だけが取れてしまったに違いない。
 負傷の理由は質さなくても推測できた。エレインを狙ったのと同様の刺客が、アシュレイにも襲いかかったのだ。
「出血が激しい。すぐに手当を――」
「手当など無用だよ。僕にも死が迫っている。死ぬ前にガヴィたちと巡り会えたのは僥倖――神のご慈悲かもしれないね」
 ガウェインの手を優しく肩から外し、アシュレイは儚げに微笑む。
「やあ、ラグネル。折角逢えたのに、僕に残された時間はあまりないようだ。残念だよ」
 アシュレイの双眸がラグネルを捉え、眩しそうに細められる。
 しかし彼は、口の端に微かに笑みのようなものを刻んだ後、すぐに視線をガウェインの方へ戻した。
「マーリンを流出しているのは、フレイだ」
「どうして、あいつが?」
「資金調達のためだろうね。僕たち同様、フレイもヒューマノイド研究を行っている。彼は今も……ヒューマノイドを創り続けているんだ」
 アシュレイは躊躇うことなく応じる。その声音にはフレイに対する嘲弄が含まれていた。
「ミユキは知らなかったんだ。つい最近まで知らな――つっ……!」
 突如として、アシュレイの身体が地に崩れ落ちる。
 苦悶の呻きが唇から洩れた。顔色が更に悪化し、額からは脂汗が滲み出す。アシュレイに生命の限界が迫っているのは、誰の目から見ても明らかだった。
「ミユキも僕たちも……誰もが知らなかった」
 アシュレイは虚ろな眼差しで天を仰ぎ、譫言のように繰り返した。
「フレイが初めて完成させ、人間として表の世界に送り込んだプロトタイプが、ミユキだってことを」
「オ、オイ、どういうことだよっ!?」
 思いがけぬ告白にガウェインが仰天し、大声を張り上げる。
「ミユキは……フレイが創ったヒューマノイドだ」
「そんなこと、あっていいの? ドクター・ミユキまでヒューマノイドだなんて!」
 ラグネルは目を瞠った。
 敬愛する博士がヒューマノイドだったとは、流石に予測できない。想像もしなかった驚愕の事実だ。
 ラグネルのみならず、ガウェインもガラハッドも驚倒し、声を失っている。
「ミユキは初期モデルだから、ラグネルのように完璧なヒューマノイドじゃない。それがフレイの限界。彼にはミユキ以上のものは創れなかった……。だからフレイは、己の目的を達成させるためにミユキにある強制プログラムを仕込み、アヴィリオンへ送った。ミユキは……知らずのうちに強制プログラム通り動き、フレイの成し遂げられなかったことを……見事成し遂げた。それが、ラグネル――君だ」
「わたし? どうして、わたしが……?」
 ラグネルは意味が把握できずに、目をしばたたかせた。
 アシュレイの瞼は閉ざされつつある。
 既に意識は混濁し、ラグネルの声も耳に届いていないのかもしれない。
「ミユキはフレイの思惑通りに動いてしまった自分を呪い、自ら死を選んだ。僕たちは……フレイの目的が君であることに気づくのが遅すぎた。それでも僕らは、君を護る道を選んだ。その結末が……死だとしても構わない」
「やめて! そんなこと口にしないで!」
 アシュレイの言葉を遮るようにラグネルは叫んだ。
 何故だか解らないがアヴィリオンに纏わる一連の事件は、自分の存在が発端であるらしい。アシュレイの言葉の端々から推測するに、それはまず間違いないだろう。
 だが、それを知らされることは、ラグネルにとって苦痛だった。
 ミユキの自殺も、リガを襲った惨劇も、ガウェインたちを追い詰めたのも、博士たちが死んでゆくのも――『全ておまえのせいだ』と責められているような気がして、苦しかった。
 頭が混乱を来し、胸が悲鳴をあげる。
 心が壊れてしまいそうだった。
「わたしが全ての元凶だったのね」
 ボロボロと涙が溢れてくる。
 無性に悲しかった。
「違う。元凶はフレイだ。君は何も悪くない……」
 血に横たわったアシュレイが弱々しく否定する。
「わたしのせいよ。わたしが悪いから――存在しちゃいけないから、博士たちはわたしを三年間も再起動させなかったんでしょ!」
 ラグネルは激しくかぶりを振った。
「それも違う。いいかい、ラグネル、これだけは忘れないでくれ……。君の中には、僕たち五人の知識と頭脳が詰まっている。ラグネル・パンドラ――君は……僕たちの最後の希望だ――」
 瞳を閉ざしたままアシュレイが微笑む。
 ラグネルに向けられたその笑顔は、限りなく優しく、穏やかなものだった。
「ドクター・アシュレイ……?」
 アシュレイの笑顔がそのまま凍りついてしまったのを見て、ラグネルは恐る恐る呼びかけた。
 だが、いつまで待っても彼からの返事はない……。
「みんな……みんな……わたしのせいで――」
 ラグネルは強く唇を噛み締め、震える両の拳を力一杯握り締めた。
 涸れることを知らないように涙が滂沱となって頬を伝う。
 嗚咽を洩らすラグネルの肩を誰かが抱き寄せた。
 相手がガウェインだと察した瞬間、ラグネルの中で緊張の糸がフッと切れた。
 悲しみと怒りが綯い交ぜになり、激しく胸を突き上げる。
 ラグネルは貸されたガウェインの胸に必死にしがみつき、生まれたての赤ん坊のように大声を張り上げて泣いた。


     「Ⅸ」へ続く



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2009.09.17 / Top↑
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