ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
「さあ、君はもう僕のものだよ」
 有り得ぬ方向にねじ曲がった右手を垂らし、フレイが余裕の笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
「君は、僕からは逃れられない運命なのさ」
 フレイが悠然とラグネルの肩に左手を伸ばしてくる。
 ラグネルは咄嗟にその手を振り払い、後ずさった。
 ガウェインの方へ戻ろうと身を翻しかけて、愕然と動きを止める。
 ガウェインは既に何人ものヒューマノイドたちに囲まれ、彼らを相手に応戦していた。
 視界の中、突如としてヒューマノイドが炎上する。
 ガウェインが特殊能力を駆使している証拠だ。特殊能力を使わなければならないほど、逼迫した状況に措かれているのだ。
 素早く視線をリガに転じると、彼も戦闘に突入していた。サイボーグであることを活かし、右手でヒューマノイドたちを薙ぎ払ったり、右足で強烈な蹴りを放ったりしている。
 だが、ヒューマノイドたちは斃しても斃しても起き上がってくるのだ。あれでは、いずれリガの方が体力負けしてしまう。
 彼らを窮地に陥れるほどに、室内に溢れるヒューマノイドの数は多いのだ。
「やめて……」
 ラグネルは目の前で繰り広げられる戦いに慄然とした。
 いくら特殊な力を有するガウェインたちといえども、これだけのヒューマノイドを相手にするのは不利だ。
「君は僕のものだ」
 不意に、耳元でフレイが囁いた。
 首に締めつけられるような感覚が生じる。
 驚きに心臓をはね上がらせた時には、ラグネルはフレイの左腕によって拘束されていた。
「やめて……!」
 押さえつけられた喉から必死に声を絞り出す。
 両手でフレイの左腕を外そうと試みるが、彼の力は予想外に強靱で決してラグネルを離そうとはしてくれなかった。
 首の痛みと己の不用心さに、涙が込み上げてくる。
 ガウェインとリガが危地に晒されているというのに、何もできない自分がひどく呪わしかった。
「姉さん、僕と一つになろう。僕の子供を産んでよ」
 フレイの息が耳を掠める。
 冷たい唇が首筋に押し当てられるのを感じ、ラグネルはおぞましさに身を震わせた。
「やめて……。お願い、やめて。やめさせてよ! 博士たちのヒューマノイドに彼らを殺させないで!」
 ラグネルは必死の想いで叫んだ。
 ヒューマノイドたちに命令を下しているのは、フレイだ。彼が一言『止めろ』と言えば、レプリカたちはピタリと大人しくなるに違いない。
「姉さんは、僕よりあいつらの方が気になるんだね。あいつらの方が大事なんだね」
 ゾッとするほど冷ややかな声音でフレイが呟く。
「あいつらは生きてる限り僕の邪魔をする。姉さんを奪おうとする。だから、生かしてはおけないよ。彼らには、ここで死んでもらう」
 酷薄なフレイの言葉に、ラグネルは悚然とした。恐怖のために全身から血の気が引き、冷たい汗が噴き出す。
「そうだ。いいものを観せてあげよう。そうすれば、姉さんも僕に逆らおうなんて馬鹿なことを考えず、大人しく従う気になるだろうからね」
 ラグネルの長い髪を指で弄びながら、フレイは唐突に下卑た笑いを零した。
「ドクター・ランスロットによる余興だ。きっと姉さんも気に入るよ」
 その一言に、ラグネルは痛烈な衝撃を受けた。
 ガウェインもリガも自分も、ランスロットにはそれぞれ複雑な感情を抱いている。本物のランスロットは疾うに死んでいると頭では理解しているが、同じ顔を見ればやはり動揺してしまう。
「ランスロット、あの日の再現をしろ」
 フレイが喜悦混じりに命令を放つ。
 すると不思議なことに、夥しい数のヒューマノイドの中からランスロットのレプリカだけが抜け出してきた。
 ランスロットの顔をした複数のヒューマノイドたちが、一斉に同じ方向へと歩き出す。
「やめ……て……。逃げて、リガ!」
 その先にリガの姿を認めて、ラグネルは怒りと恐怖に瞠目した。
「ドクター・ランスロット……」
 リガの唇が掠れた声を紡ぐ。
 彼は青ざめた表情で、迫り来るランスロットの群れを凝視していた。美しい顔は強張り、双眸は張り裂けんばかりに瞠られている。
 レプリカの一人がリガの腕を掴んだ途端、
「いや……だ……。ガヴィ、ガヴィ――助けて、ガウェイン!」
 リガの口から絶叫が迸った。
「あああああああああっっっっっ!!」
 ランスロットに呪縛されたように、リガは動かない。
 ただ、その口だけが悲愴な叫びをあげ続けていた。彼の脳裏では、家族を奪われ、己の身を引き裂かれた惨劇が甦っているのだろう。
「やめてっ!」
 ランスロットの群れが動かぬリガを床に引き倒し、四肢を押さえつけたのを見て、ラグネルは金切り声をあげた。
 ランスロットたちは嬉しそうに笑いながら、リガの身体にのしかかっている。彼らの手には、しっかりと鋭利な刃物が握られていた。
 目を覆いたくなるような光景だ。
 かつての凄惨な事件を、ランスロットのレプリカたちは再現しようとしているのだ。
「よせ、ランスロットッ! その子を離せ!」
 ガウェインの悲痛な叫びが室内に響く。
 彼は纏わりつくヒューマノイドたちを振り切り、必死にリガの元へ駆けつけようとしていた。しかし、ヒューマノイドたちは数にものを言わせて、執拗にガウェインの行く手を阻む。
「ヒューマノイドでも、あの綺麗な天使を穢すことは可能なんだよ」
 クックッと喉を鳴らし、フレイが卑猥な笑みを零す。
「ランスロット、頼むからやめてくれっ。もうこれ以上、リガを傷つけるな!」
 ガウェインの心の奥底からの叫びが、ラグネルの胸を激しく打った。
「さあ、姉さん、よく見ておきなよ。姉さんの大好きなランスロットが天使を切り刻むよ」
 嘲るようなフレイの言葉に、ラグネルの怒りは沸点に達した。
 ――フレイのせいで誰かが傷つくのは、もうたくさんよ!
 怒りに眦を吊り上げ、歯を食いしばる。
 高笑いをあげ続けるフレイの鳩尾に、ラグネルは渾身の力を込めて肘鉄を食らわせた。
 虚を衝かれて、フレイの腕が緩む。
 その隙を見逃さずに、ラグネルは敏捷に逃げ出した。
「その子に触るなっ!」
 絶叫するガウェインに視線を走らせ、ラグネルは大きく息を呑んだ。
 ガウェインの全身から陽炎のようなものがゆらゆらと立ち昇っている。
 裡に蓄えた《力》を最大限に解放しようとしているのだ。
「駄目よ、ガウェインッ!」
 ラグネルが制止の声をあげた直後、凄まじい爆音が轟いた。
 ガウェインの周囲に群がっていたヒューマノイドたちが、一斉に炎を噴き上げたのだ。
 爆発したヒューマノイドの破片が、勢いよく四方に飛び散る。
 続けざまに爆音が室内を揺るがした。
 今度は、リガを押さえつけていたランスロットの群れが炎上し、その灼熱に耐えきれず木っ端微塵に吹き飛んだ。
「ガウェイン、駄目よ。あなたが激怒する価値すらも、この男にはないわ」
 独り言ち、ラグネルは忙しなく床に視線を彷徨わせた。
 数メートル離れた地点に、目的のものを発見した。先刻、リガの手から弾け飛んだ銃だ。
「姉さんっ!」
 しつこく手を伸ばしてくるフレイを邪険に振り払い、ラグネルは駆け出した。
 必死の形相で走り、無我夢中で床に転がる銃を拾い上げた。
 床に膝をついたまま、迅速に身を反転させる。
 狂気に侵されたフレイが、すぐ傍まで迫っていた。
 ラグネルは両手でしっかりと銃のグリップを握り、トリガーを引いた。
 放たれた銃弾がフレイの左肩を打ち抜く。
「姉……さん……!?」
 愕然と立ち尽くすフレイを尻目に、ラグネルは銃を構えたまま立ち上がった。
「あなた、サイテーよ!」
 ラグネルの胸中には、激しい憤怒が渦巻いていた。
 最早、フレイにかけるべき憐れみも同情もラグネルの中には一片もなかった。
「人として最低だわ」
 怒りをぶちまける。
 転瞬、ガラスの砕け散る音が連続した。
 ガウェインの《力》が、ヒューマノイドたちの眠るカプセルにも及んでいるのだ。
 瞬く間に炎は全てのカプセルを粉砕し、室内を真紅に染め上げる。
「殺してやる!」
 ガウェインの呪詛が聞こえる。
 彼は意識を失っているリガを両腕に抱き、憎悪の漲る眼差しでフレイを睨んでいた。
「駄目。わたしがやるわ」
 険しい表情でフレイを見据え、ラグネルは宣言した。
「姉さん……僕を殺すのかい?」
「わたしはラグネルよ。あなたの姉でも、意のままに操れる人形でもないわ」
「僕を殺せるの?」
「どうしてもあなたを許せないのよ。あなたの残酷な仕打ちに耐えられないの! リガに対するあなたの行為は、最低最悪だわ! いくら望んでも、願っても――あなたのお姉さんは還ってはこないのよ。大切なものは戻らないの。それは、あなたの欲望の犠牲になり、家族を奪われたリガだって同じだわ!」
 堰を切ったように、喉の奥から――心の深奥から叫びが溢れてくる。
「どんなに祈っても、どれほど欲しても、毎日夢見ても――失ったものはもう戻ってはこないのよっ! それがどんなに苦しく辛いことか、わたしにだって解るわ。ドクター・ミユキもランスロットも博士たちも、もういないのよ……。もう二度と、わたしに笑いかけてくれることはないのよっ! 胸が抉られるような苦痛と哀しみを抱えてるのは、あなただけじゃないのよ。……あなたが描いた夢は、あまりにも多くの人を傷つけすぎたわ」
 激怒と哀切が胸の裡でもつれ合う。
 涙が滂沱となって頬を濡らした。
「もうこれ以上、あなたに誰も傷つけさせない。だから、わたしが終わらせるわ」
 ラグネルは両脚に力を込め、銃の照準をフレイの眉間へと定めた。
「あなたと共に、深雪もようやく眠りに就けるはずよ」
 ラグネルは逡巡を吹っ切るように唇を堅く結び、トリガーを引き絞った。
 驚愕に目を剥くフレイの眉間に、銃弾が突き刺さる。
 断末魔の叫びをあげることもなく、フレイは絶息した。
 スローモーションのようにフレイの身体が仰向けに倒れる。
 ラグネルは銃を握り締めたまま、床に転がったフレイを見つめていた。
 室内に蔓延した炎の舌が、フレイの白衣をチロチロと舐める。
 白衣に飛び火した炎は驚くほど速く広まり、フレイを呑み込んだ。
 紅蓮の火炎が視界を埋め尽くしてからも、ラグネルは歯を食いしばり、しばしその場に立ち尽くしていた――


     「Rebirth」へ続く



 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト
2009.09.20 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。