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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.09.20[21:35]
 序



 揺らめく炎が室内を照らしていた。
 無数の蝋燭に彩られた石造りの広間は、独特の荘厳さを醸し出している。
 女は、静寂に包まれた広間を見渡すと、その中心部へ向けて歩を進めた。
 一足ごとに長い金髪が優雅に靡き、同じ色をした双眸が蝋燭の炎を反射して眩く輝く。
 その視線は、中央に設えられた円形の祭壇に向けられていた。
 女は祭壇の前で一旦足を止めた。
 険しい表情で円柱形の神座を見上げてから、縁をぐるりと取り巻く螺旋階段を昇り始める。
 祭壇の頂で女を待っていたのは、彼女の背丈ほどもある八角柱の台座だった。
 神の玉座に浮かぶ物体を確認して、女は初めて厳しい表情を崩した。
 唇から安堵の息が洩れる。
「先ほどの胸騒ぎは、わたくしの杞憂のようね。――あなたは変わらず美しい」
 案ずることはない。
《星》は正常に輝いている。
 女はホッと胸を撫で下ろすと、玉座で輝く物体に片手を伸ばした。
 女が触れているのは掌ほどの大きさの石だ。
 だが、ただの石ころではない。
 石は玉座から三十センチほど離れた宙に浮き、黄金色に発光しているのである。
 正八面体をした輝石のことを、この国では《星》と呼ぶ。
 それは星神からの貴き贈り物。
 国と星神セラとを繋ぐ重要な媒体――神の分身であり、国の生命そのものでもあった。
 だから、何としても護らなければならない。
 尊き星の守護――それが女に与えられた使命であり、彼女の生の全てなのだから。
「何を怯えているの? あなたは静かに輝き続けていればいいのよ」
 女は愛おしげに星に語りかけ、その硬い手触りを愉しむように表面を指で撫でた。
 そうしながら瞼を閉じ、深呼吸をする。
 程なくして、女の唇から唄が紡がれ始めた。
 澄んだ美しい声が広間に響き渡る。
 清涼感を孕んだ女の声は、高く高く、まるで天を目指しているかのように飛翔してゆく。
 女は星のために子守唄を歌っていた。
 愛情を籠めて唄を織りなす。
 しかし、女が音程を一際高いものへと変じようとした瞬間、彼女の裡で何かが大きく弾けた。
 身を裂くような鋭い痛みが体内を駆け巡る。
 女は唄を中断させ、ハッと目を見開いた。
 心臓が早鐘のように打ち鳴り、額が急速に熱を帯びる。
 反射的に己が額に掌を押し当て、女は愕然とした。
 尋常ではない熱を放っている。
 星神に選ばれし者として刻みつけられた特殊な印が、光を発しているのだ。
 女は声にならない悲鳴をあげた。
 女の額には黄金色に煌めく刻印が浮かび上がっている。
 八つの頂点を持つ八芒星。
 それこそが星神セラの寵愛を受けた証――星刻(せいこく)だった。
「そんな……まさか――」
 女は茫然と宙に浮かぶ星を見つめた。
 いつの間にか、星は忙しなく明滅を繰り返している。
 それを目の当たりにした途端、女の顔から血の気が引いた。
 自然と口の端が引きつれる。
 やはり、胸騒ぎは不吉な前兆だったのだ。
 驚きと畏れに立ち竦む女の眼前で、不意に星から輝きが消え失せた。
 星は呆気なく失墜し、虚しく玉座に転がる。
「星が……墜ちた」
 女は、一瞬にしてただの石ころと成り果ててしまった物体を凝視した。
「陛下がお亡くなりになられた」
 言い知れぬ喪失感が女を支配する。
 身体から力が抜け、双眸から涙が零れ落ちた。
 だが、彼女は必死に自制し、挫けそうになる心に負けじと石の台座に両手でしがみついた。
「わたくしの代でも星戦が起こるなんて……。ああ、なんということなの」
 喘ぐように呟き、きつく唇を噛み締める。
 やがて女は、何かを断ち切るようにかぶりを振ると、涙に濡れた瞳で力を失った星を睨み据えた。
 緩やかに態勢を立て直し、冷たくなった星に両手を添える。
 そのまま星を頭上に掲げ、自らも天を振り仰いだ。
「亡き国王陛下に。そして、新たなる王のために――」
 女は静かに唄を紡ぎ始めた。
 再び広間に荘厳な歌声が響き渡る。
 だが、今度のそれは優しい子守唄ではなく、悲愴さを漂わせる鎮魂歌だった。
 女は天上に住まう星神に向かって、一心不乱に唄を捧げ続けた。
 光を失った星が、もう一度神々しい輝きを取り戻せることを切に祈って――


     *


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