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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.09.21[08:53]
星戦



 大陸の中央に君臨する大国アダーシャ。
 その最北端の街であるギレムは夜を迎え、俄に活気づいていた。
 隣国シアとの境界に位置し、アダーシャの北玄関を担うギレムには、大陸全土から多種多様な人々が流れ込んでくる。
 千年の歴史を誇る首都アダーシャを目指して入国してきた隊商や旅客らが、一夜の宿を求めて立ち寄る重要な街なのである。
 季節は晩秋。
 冬将軍の到来前にアダーシャ入りを目論む人々がギレムには雪崩れ込んでいた。
 大通りには露店が立ち並び、広場では曲芸師が技を披露し、吟遊詩人が古詩を紡ぐ。
 盛り場には流浪の民や傭兵などが集まり、酒杯を片手に大陸各地の情報を交換し合う。
 ギレムの街は連日お祭り騒ぎのような有様だった。


     *


「こうも毎日賑やかだと、うるさくてろくに眠れんな」
 二階にある露台から街の喧噪を眺め、男は苦々しく呟いた。
 顎髭を片手で弄び、しかめ面で明かりの灯る街を睥睨する。
「賑やかなおかげで街は潤い――延いては領主様の懐も温かくなるのですから、少しくらい大目に見てはいかがですか」
 背後から使用人の声が聞こえてくる。
 それに対して、男は横柄に頷いてみせた。
 ギレムの街が異様な熱気に包まれるほど、領主である男の元には莫大な税金が転がり込んでくるのだ。その点を考慮すると、繁華街の騒音も妙に心地よく耳に響いてきた。
 今年は去年に比べて人の出入りが激しい。多額の税収が見込めるだろう。
 領主は年末に納められる税の額を想像し、にんまりと唇を吊り上げた。
 上機嫌な顔で金貨を量産する街を見渡してから、自邸の庭へと視線を落とす。
 そこで、領主は「おや?」と眉を跳ね上げた。
 いつの間に侵入してきたのか、蒼いドレスを纏った女性が佇んでいたのだ。
 領主の視線を感じ取ったのか、女はゆるりと面を上げた。
 女の黒い瞳が自分をしっかりと捉えた瞬間、領主は驚きに息を呑んだ。
 相手が得体の知れぬ侵入者であることも忘れ、思わず女に見入ってしまう。
 月光に照らされた女は美しかった。
 癖のない濃紺の髪に縁取られた顔は、白磁のように滑らかだ。
 綺麗な弧を描く柳眉の下には黒曜石を思わせる切れ長の双眸があり、それを引き立てるように唇は紅く濡れている。
 不審者は目を瞠るほどの美女だった。
 ふと、女が領主を誘うように艶然と微笑む。
 その魅惑的な笑みを目にした途端、領主の脳裏に邪な考えが閃いた。
 手振りで背後の使用人に下がるよう指示し、露台の手摺から身を乗り出して女を注視する。
 女は端整な顔に微笑を浮かべたまま、こちらを見上げていた。
 どこの国から流れてきたのか知らないが、娼婦に違いない。高額な日銭を目当てに領主館へ忍び込んだ、というところだろう。
「どうやってここへ入ってきた? 館の周囲には見張りが立っていただろう」
 領主は、好奇と好色の入り混じった視線を女に向けた。
 だが、女は質問には応じず、片手でゆるりと手招きをするだけだ。
 仕方なく、領主は自ら出向くことにした。
 手摺を乗り越え、支柱を伝って一階の露台へ移動する。
 そこから庭に飛び降りると、逸る心に任せてまっしぐらに女の元へ歩み寄った。
「ほう。稀に見る美しさだな」
 女の美貌を改めて確認し、領主は感嘆の溜息を洩らした。
 手招きしていない方の手が背後に回されていることを不思議にも思わず、じっと女の美顔に見惚れてしまう。
 月光を浴びる女の姿は、女神の化身ではないかと疑ってしまうほどに神秘的かつ麗雅だった。
 領主は女の顔をもっとよく眺めようと、その細い顎に手を伸ばした。
 しかし、寸でのところでスッと身を引かれてしまう。
「あまり焦らすな。金貨なら後でたんまりとくれてやる」
 領主は下卑た笑いを浮かべると、女の手首を素早く握り、一気に胸元へ引き寄せた。
 何が可笑しいのか、女が腕の中で忍び笑いを洩らす。
 その笑い声が、欲に駆られた領主の耳には甘美な誘惑として響いた。
 女も満更ではないのだ――そう判断を下し、片手を女の尻へと伸ばす。
 直後、強い力でその手を掴み取られた。
「はい、残念。これ以上は諦めて下さい」
 女が艶笑を閃かせたまま、さも愉快そうに告げる。
 朱唇から紡がれた声は、綺麗だが女性にしては些か低すぎるものだった。
 ――男だ。騙された!
 そうと悟った時には、領主は娼婦を装った男に腕を捻り上げられていた。



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