ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 美弥子は、直杉が生まれた時より、我が子を腕に抱き上げたことなど一度もないのだ。
 生まれてすぐに、直杉は乳母の手に委ねられた。
 乳母が実質上の母だった。
『貴女が男子でないばかりに、わたくしはお祖父様に《役立たず》と罵り続けられているのですよ』
 美弥子の声には憎しみが充満している。
 お祖父様というのは、直杉の祖父――先代徳川家当主のことを指していた。
 美弥子は、ごく普通の中流家庭の娘として育った。
 十八歳の時、その美貌ゆえに父に見初められ、そして彼女も父に惚れた。
 しかし、厳格で頑固な祖父は『何処の馬の骨とも知れぬ女を、次期当主の妻に迎えるなど断じて赦さん』と、二人の結婚に猛反撥したのだ。
 だが、それ以上に父と母の意志は堅かった。
 二人は祖父と血族の反対を押し切り、強引に結婚を成し遂げたのである。
 荊のような道を突き進み、美弥子は四百年の伝統を誇る徳川家に嫁いできたのだ。
 しかし、父と夫婦になったものの、美弥子は婚姻に反対だった祖父からは白眼視され、親戚一同からも快い顔をされなかった。
 彼女の唯一の希望は、立派な世継ぎを産むことだった。
 健康な男児を授かれば、彼女は祖父にも血縁一同にも正式に認められるはずだったのだ。
 だが、結婚して一年が過ぎ三年が経っても、美弥子と父の間には子供ができなかった。
 五年目にして待望の子供を授かったが、生まれてきたのは女の子だった。
 祖父は『世継ぎも産めぬとは役に立たぬ女よ』と美弥子を詰り、生まれた孫を見てあからさまに落胆したという。
 親族からも祝辞ではなく、嘲りの溜息が贈られてきた。
 美弥子の肩身はより一層狭いものとなり、彼女は必然的に娘を憎むようになってゆく。
 美弥子にとって希望の光となるはずだった子供は、一転して呪われた子へと変貌した。
 以来、美弥子に子供ができる気配はない。
 男子家督相続が仕来りの徳川家としては異例なことであるが、長女・直杉を正式な次期総代とせざるを得なくなったのである。




← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.06.02 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。