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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Wed
2009.09.23[08:51]


 ユージンの記憶が正しければ、ギュネイがシア国王に即位してから今年でちょうど三十年。
 その間にギュネイが築き上げてきたものを全て掌中にする。
 あの男が失ったものを全部、自分が受け継いでやるのだ。
 そして、彼よりも優れた善き王になってみせる。
 それが、ギュネイ亡き後のユージンが考えられる唯一の復讐方法だった。
「聞け、グラディス。俺はシアの王になる!」
「……馬鹿だ。正真正銘の馬鹿がいる」
 グラディスが幽霊でも見る目つきでユージンを眺め、唖然と呟く。
「酔っぱらった勢いで言ってるのなら、聞く耳なんて持たないよ。――つき合ってられないね」
 グラディスは急に表情を引き締めると、すっくと立ち上がった。
 冷たく突き放すようにユージンに背を向ける。
 ユージンは慌てて彼の腕を掴んだ。
「俺は本気だ」
「本気なら、真性馬鹿だ。君は僕の話を少しも聞いてなかったんだね。さっきの連中が言っていた通り、国境を越えればそこは戦場だ」
 グラディスが顔だけを振り向かせて、厳しい声音で告げる。
 珍しく、彼の顔にははっきりとした怒りが具現されていた。
 切れ長の双眸が冷ややかな光を放っている。
「シアには今、王位を欲する者たちが大陸中から集まっているんだ。新王候補は少なければ少ないほどいい。星を目指す者は、王都までの道中、同じ野望を抱く相手に出会せば、容赦なくそいつの息の根を止めるだろうね」
「何でだよ。新王を決めるのはセラだ。候補を殺したって無意味だろ?」
「確率は上がるかもよ。こいつさえいなければ自分に王位が巡ってくるかもしれない――そう考える奴が大半だろうね。野心を満たすためなら何だってするような連中が玉座を欲しているんだ。星を目指す者にとっては、シア全土が戦場みたいなものなんだよ。それを承知で、しかも己の力量も顧みずにシアに入国するなんて馬鹿だ。無謀だ。『自殺行為だ』と言った僕の言葉の意味さえも理解できない君は、一番の大馬鹿者だ」
 グラディスが乱暴に手を振り払う。
「グラディス、おまえだけが頼りなんだ」
 グラディスがユージンの身を案じて戒めの言葉を紡いでいるのは解っている。
 だが、無茶でも無謀でも自分はそれを成し遂げなければならないのだ。
 ギュネイに対する復讐として。
 そして、自分を産んでくれた母と育ててくれた母――二人の母親の無念を晴らすために。
「自分が馬鹿なのは、よく知ってる。だからこそ力を貸してくれ」
 ユージンは相棒をひしと見つめ、切実に訴えた。
 数多の競争相手を蹴落として玉座に就くことは並大抵のことではないだろう。下手をすれば、王都セラシアにさえ辿り着けないかもしれない。
 己の未熟さを痛感しているからこそ、グラディスが必要なのだ。
 三年前、養母を亡くした時から、彼だけが心の拠り所でもあった。
 ここで見捨てられるのは辛い。
「俺は生半可な気持ちで決断したんじゃない。本気でシアの王になりたいんだ」
「僕は、王座を目指すことが悪いと言っているわけじゃない。ただ……どうしてもシアじゃなければ駄目なのかい?」
 グラディスがゆっくりとユージンに向き直る。
 ユージンに向けられた黒曜石の瞳からは怒りが消え、代わりに真摯な光が宿っていた。
「シアじゃなければ意味がないんだ」
「断言するからには、それなりの理由があるんだろうね」
「理由はある。だけど、今は言えない。王になったら必ず打ち明けるから、それまで――」
「黙ってついてこい――って? 随分と勝手な言い種だね」
 ユージンの言葉尻を捕まえて、グラディスが溜息を零す。
「勝手だけれど、悔しいことに僕はそんな君が嫌いじゃない。……君がさっき酒場で吐き捨てた台詞――アレは本気だったのかな?」
「――は?」
 急にグラディスが話題を飛ばしたので、ユージンは目をしばたたいた。
 酔っているせいか、すぐには酒場での出来事を思い出せない。
「アルディス聖王家の宝冠を持ってきても僕は売れない、ってやつだよ」
「ああ、アレか。当たり前だろ。どんなに金を積まれても、どんなお宝を目の前に差し出されても、俺がおまえを売るなんて絶対に有り得ない」
 ユージンが即答すると、グラディスは虚を衝かれたように息を呑んだ。
「君は……グラディスという僕個人を認め、尊重してくれるんだね」
 か細い声で呟いた後、友人は泣き笑いのような表情を見せた。
 彼がこんな顔をするのは初めてだ。
 ユージンが驚きとともにグラディスを見遣ると、彼は何事もなかったかのようにスッとその奇妙な表情を消し去ってしまった。
「――いいよ、付き合うよ。君と一緒にシアへ行く」
 短い沈黙の末にグラディスが結論を述べる。
「えっ、ホントに行ってくれるのかよ!?」
 グラディスが意外にもあっさりと承諾したので、ユージンは再び驚いたしまった。
「君が頑固で馬鹿なのはよく知っているし、これでも三年の付き合いがあるからね。シアの王を志す理由だって、いつか話してくれるならそれでいいよ」
「……ありがとな」
 理由を深く詮索することなく同行を決意してくれた友人に、ユージンは心から感謝した。
 思わず深々と頭を下げそうになった、その時、
「ただし、シアに行くには条件が二つ」
 グラディスが冷徹な声音で言い放った。
「あ? 何だよ、それ」
 ユージンは垂れかけた頭を上げ、不審の眼差しをグラディスへ向けた。
 目の前でゆっくりとグラディスの人差し指が立てられる。
「一つ、絶対に途中で投げ出さないこと」
「投げ出すわけないだろ。俺は王になるんだよ」
「君の決意は解るよ。でも、王を選ぶのはセラだ。シアに行っても君は王にはなれないかもしれないし、道中、何度も挫折したくなるような出来事に遭遇する畏れもある。それでも、セラ大神殿に辿り着くまでは決して諦めない――と約束すること」
「解った。約束する。中途半端に放り出したり、諦めたりはしない」
「確かに約束したよ。二つ目は――九対一だ」
「はい?」
「今夜の分け前は、僕が九で君が一に訂正」
「それじゃあ、俺の取り分ないだろっ!!」
 予想外の申し出に、ユージンは直ぐ様抗議の声をあげた。
 しかし、それを友人は涼しげな顔で受け流す。
「僕は、行きたくもない戦に強制連行されるようなものなんだよ。その見返りとしては、破格の報償だと思うけれど?」
「ぐっ……。了解。九対一で商談成立だ」
 ユージンはグラディスの提案を渋々受け入れた。
 そもそも理不尽な申し出をしたのは自分の方なのだ。
 グラディスが同行してくれることに比べれば、宝石類を失うことくらい大した損害ではない。
「じゃあ、決まりだね。――そろそろ宿に戻るよ。ああ、その前に闇市で偽造手形を調達しないとね。出立は夜明けと同時。君が二日酔いでも日の出とともに新しい門出だよ」
「くそっ、言いたい放題だな」
「さあ、通行手形を捜しに闇市へ行くよ」
 口惜しさに歯噛みするユージンを歯牙にもかけず、グラディスはさっさと丘を降り始めてしまう。
 ユージンは酔いの残る身体を奮い立たせて、彼の後を追った。
 ムキになってグラディスを追い越したところで、
 ――また、だ。
 不意にユージンは足を止めた。
 周囲の空気に微かな異変を感じたのだ。
 ここ数日、誰かに見張られているような気がする。
 何者かの鋭い視線が肌に突き刺さることがあるのだ。
 反射的に周囲に視線を配るが、グラディスの他に人影らしきものは発見できない。
「どうしたの? 具合が悪いなら、僕から離れたところで吐いてよ」
「違う。酒のせいじゃない。視線を感じるんだ。最近、誰かに監視されるような気がする」
 ユージンが神妙に告白すると、グラディスは鋭い眼差しを周囲に向けた。
「誰も見当たらないけど? 気のせいじゃないのかい。酔っぱらいの言うことは、当てにならないからね」
 辺りを見分し終えたグラディスが苦笑を向けてくる。
 ユージンは無言で唇を尖らせた。
 間違いなく視線を感じたのだ。
 だが、近くに人影すら発見できないのだから証拠は何もない。
 グラディスは完璧にユージンの思い過ごしだと決めつけたようだ。早くも丘下りを再開させている。
 ――本当に、ただの気のせいならいいんだけどな。
 ユージンは、今し方感じたばかりの視線を払拭するようにかぶりを振ると、勢いよく地を蹴った。



     「星守人」へ続く



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