ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 身体が宙に浮いた。
 そう感じた一秒後には、ユージンは背中から地面に叩きつけられていた。
 何が起こったのか全く把握できない。
 ユージンは驚愕のあまりに瞬きを忘れて天を凝視した。
 空は小憎たらしいほどに青く澄み渡っている。
 訳も解らぬまま口をパクパクと開閉させると、何故だか妙に息苦しい。
 ユージンは酸素を求めて必死に空気を吸い込んだ。
 酸素が肺に行き渡った途端、今度は全身が猛烈に痛み出した。
 衝撃波を喰らった胸部と地面に打ちつけた背中がズキズキと疼く。
「いってぇ……!」
「大丈夫かい、ユージン」
 不安に翳ったグラディスの顔がユージンを覗き込む。
 常日頃は冷静な彼も思わぬ展開に驚いているらしい。
「何とか……。ったく、何が起こったんだよ」
 ユージンはグラディスに助け起こされながら茫然と呟いた。
 未だに状況が呑み込めない。
「ごめんなさい!」
 ユージンを攻撃した張本人が、長い銀髪を靡かせて駆け寄ってくる。
 謝罪の言葉とは裏腹に、レイジィの手は大剣を背中の鞘に納めている最中だった。ユージンの身体よりも愛刀の方が大事だったらしい……。
「ホントにごめんなさい。あたし、頭に血が昇ると見境がなくなっちゃうのよね」
 ユージンの前で立ち止まり、レイジィが殊勝に頭を下げる。
 まだ唖然としているユージンが無言で見返すと、彼女は困ったように眉根を寄せた。
「悪気があったわけじゃないのよ」
「私の忠告を無視して闘ったりするから、要らぬ災いを引き起こしてしまうのですわよ」
 黒髪のアナンが厳しい表情でレイジィの傍らに立つ。
「何よ。アナンだって、もっと早くに教えてくれればいいじゃない。この人が星の輝きを放ってるって」
「私も気が動転していたのですわ。ですから、それについては申し訳ないと思います……」
 ふくれっ面のレイジィに不満をぶつけられて、アナンが悄然と項垂れる。
「あのさ、俺、何とか無事みたいだから――そっちで啀み合うのは止めてくれないか」
 女性二人のやり取りを聞いて、ユージンは苦笑を浮かべずにはいられなかった。
 不可解な状況下に放置されたまま、勝手に喧嘩を始められてはたまらない。
「お嬢さん方の話は僕らには理解できないみたいだ。星の輝き、って何のことなのか教えてもらえると嬉しいんだけど」
 グラディスも心境はユージンと同じらしく、速やかに口添えしてくれる。
「ああ、そうよね――って、あなた男性だったの?」
 レイジィがグラディスに視線を転じ、ギョッと目を丸める。
 どうやら戦闘中はずっと女性だと思い込んでいたらしい。
 グラディスが憮然と頷くと、レイジィは信じられないというように口をポカンと開けた。グラディスの整った顔の造形に心底驚いているのだろう。
 しかし、アナンの方は臆する様子もなく真正面から彼を見つめた。
「私たちはセラ大神殿で星神に遣える神官――星守人(セリルダ)です。訳あって、新王候補を捜すためにこの街を訪れていたのです」
「へえ、星守人ね。本物に逢うのは初めてだ」
 ユージンは二人の女性をまじまじと眺めた。
 国王の星を護るためだけに存在する神官がいるとは話に聞いていたが、実際に遭遇したのは初めてである。
「新王が中々決まらないから、星守人が直接候補捜しに乗り出した、ってところかな?」
「そう。ホントはね、あたしたちが捜した方が手っ取り早いし、効率的なの。星守人には星を感じ取る能力が備わってるから」
 グラディスの質問に対し、レイジィが大きく首肯する。
「さっきの連中も玉座を狙ってるみたいだったけど、星を感じないから王都に行くだけ無駄だ、って教えてあげたのよ。そうしたら逆上されちゃった。その上に、星守人が星を持っていると勘違いして襲いかかってきたから応戦しただけよ。あたしは何も悪くないもん」
「悪くはありませんが、無闇に暴力をふるうのはよろしくありませんわよ」
「外の世界で思う存分に闘えると思ったら、嬉しくなっちゃったのよ。だって、神殿であたしに勝てる人なんて一人もいないんだもん」
「神殿遣えの巫女が何でそんなに強いんだよ」
 ユージンは誇らしげに胸を張るレイジィに猜疑の眼差しを注いだ。
 神官がそんなに剣の腕を磨いて何の得があるのか、さっぱり理解できない。
 それにユージンの思い描く巫女とは、線が細くてお淑やかな女性である。
 眼前の少女は小柄で華奢だが、強気な性格と馬鹿力は理想の巫女像とは遠くかけ離れていた。
「星守人は武術か魔術の心得がないと務まらないのよ。星は国王の生命そのもの――星が破壊されれば王も死ぬ。だから、王を抹殺するために本人じゃなくて星を狙う輩が時折出てくるのよね。そんな奴らから星を護ることも星守人の役目なの。ちなみに過去、神殿に忍び込んで星を破壊できた賊は誰一人としていないわ」
 レイジィが得意満面に告げる。
「あたし、魔法は全く駄目だけど、剣の腕だけは結構いけるみたいね。外界でも充分通用するって、今ので解ったわ。それから――本当にごめんなさい。あたしの右手は特別なの」
 改めて謝罪を述べると、レイジィは右手をユージンに向けて突き出した。
 ユージンを吹き飛ばした掌には、八芒星が刻印されていた。
 これが星守人の証――星刻なのだろう。
「体内に蓄えられた氣ってやつを、星刻を通して自在に操ることができるのよ」
「便利っていうか、恐ろしい女だな」
「でも、昼でよかったわね。星神の加護を得られる夜なら威力は今の十倍よ」
『恐ろしい女』と言われたことにムッとしたのか、レイジィがわざとらしく微笑む。
「話が逸れていますわよ」
 アナンが軽くレイジィを窘め、改めてユージンたちに向き直る。
「重ね重ねのご無礼、誠に申し訳ございません。私は星守人のイル・アナン。こちらはラナ・レイジィと申します」
「どっちが名前で、どっちが苗字なんだ?」
 ユージンは思わずそう訊き返してしまった。
 アダーシャ育ちのユージンにとって、女性二人の名は耳慣れないものだったのである。
「ラナが姓で、レイジィが名よ。シアで名が先にくるのは国王だけなの。世襲制じゃないけど、代々の王はセラに敬意を表して、即位すると『セラシア』という姓を名乗るのよ」
 ユージンの無知を嘲笑うように、レイジィが講釈をたれる。
「それで、ギュネイ・セラシアか。けれど、セラシアは王都の名称でもあるよね」
 グラディスが微かに首を傾げる。
「セラは星神。シアとは、遙かな昔セラが恋に落ちた女性のことですわ。このお二方が我が国の始祖なのです。ですから双方に敬意をはらい、都も王の姓も『セラシア』というのです。ご存知の通り、国名もセラが愛した女性シアから取られているのですわ」
 アナンの丁寧な説明を聞きながら、ユージンは苦笑いを浮かべずにはいられなかった。
 この国は、あくまでも星神を中心に全てが動いているらしい。『セラ』という名を耳にしない日など有り得ないに違いない。
「アナンだって話を逸らしてるじゃない。まっ、いいけどね。――で、この人に星の輝きを感じたっていうのは本当なの?」
 レイジィが急に話題を転換させる。
 疑わしげな眼差しが、アナンとユージンを往復した。
「俺たちの名は訊く気もなしかよ」
 ユージンが憮然と呟くと、レイジィは数度瞬きを繰り返し、それから無邪気に笑った。
「あら、すっかり忘れてたわ。何ていうの?」
 如何にも取って付けたような問いかけに、ユージンは思い切り口元を引きつらせた。
 どうにもレイジィとは反りが合わないようだ。
 いや、合わないというよりも、もう一人の自分を見ているような錯覚に陥る。
 ずけずけと物を言うところや物怖じしない態度などが微妙に自分と重なるような気がして嫌だ。
「俺はユージン、こっちはグラディス。二人ともアダーシャ出身で、姓はなしってことで」
「超大国の生まれなのに、苗字がないの?」
「ないのではなく、秘密にしておきたいという意味ですわよ。まったく、あなたは人の心の機微に疎いのですから……」
 不思議そうに首を捻ったレイジィの脇腹をアナンが素早く小突く。
「まあ、苗字など瑣事ですわ。国王になれば、『セラシア』という姓に変わることですし」
「――国王? 誰が王になるんだよ?」
 ユージンはアナンの言い回しが気になり、すかさず疑問を発した。
 すると、彼女よりも先にグラディスが小さく息を吐く。
「君は本当に馬鹿だね。さっき彼女は君に対して『星の輝きを感じる』と言ったじゃないか。つまり王になるのは君だ、ユージン」
 友人のあまりに突飛な言葉にユージンは絶句した。
 展開が急すぎて、頭が追いつかない。
「私は確かにあなたから星を感じましたわ」
 驚愕に凍りついているユージンに向かって、アナンが柔和に微笑む。
 ユージンは信じられない思いで、彼女を凝視した。
「俺が……シアの王になれるっていうのかよ?」
「新王候補なだけよ。とりあえず、王になれる可能性が他者より高いってこと。実際に星に触れてみるまでは誰にも結果は解らないわ」
 ユージンの驚きを喜びと勘違いしたのか、レイジィが釘を刺すように冷たく言い放つ。
「新王候補を捜す旅に出て、星の輝きを持つ者に巡り合えたのはあなたが初めてですわ」
 アナンが静かに身を屈ませる。彼女の片手がユージンに向けて伸ばされる。
 だが、何故かその手は困惑したように宙を彷徨っていた。
 それを見て、レイジィが慌てて説明を添える。
「アナンは目が見えないのよ。悪いけど、手を握ってあげて」
 ユージンは微かな驚きとともにアナンを注視した。
 彼女の瞳の焦点は合っていない。盲目だというのは真実であるらしい。
 ――なるほど。グラディスの美顔を見ても平然としているわけだ。
 どうでもいいことを考えながら、ユージンはそっとアナンの手を握った。
「私の星が輝いてるのが解りますでしょうか。星刻の瞬きこそ、あなたが候補である証です」
 アナンが嬉しげに微笑む。
 その左目が黄金色に発光している事実に気づき、ユージンは息を呑んだ。
 アナンの瞳の中で八芒星が神秘的に煌めいている。何とも奇妙な光景だった。
「嘘だろ……。俺が新王候補――だって?」
 譫言のようなユージンの呟きに対して、アナンが無言で頷く。
 彼女が手を離して立ち上がると、その瞳から輝きが消失した。
「なんか釈然としないよな。レイジィだって星守人だろ? けど、俺に触れた時、あいつは何も感じてなかったみたいだぜ」
「アナンの左目は《神の眼》と呼ばれるほど、星を感知する能力に優れているのよ。あたしがあなたに何も感じなかったのは、単純にあたしが星守人として未熟なせい」
 自己評価を淡々と述べ、レイジィは肩を聳やかす。
 アナンが困ったように微笑むのを見たところ、その見解は的を射ているらしい。
「まさかシアに入国して早々、星守人と出逢い、ユージンが新王候補に抜擢されるとはね。――これで目標に一歩近づいたね、ユージン」
 グラディスが爽やかな笑顔を向けてくる。彼はいつまでも地に座り込んでいるユージンの腕を引っ張ると、素早く立ち上がらせた。
 ユージンは落ち着かない気持ちで地を踏み締めると、神妙な面持ちで一同を見回した。
 レイジィとアナンに出逢えたことは、またとない好機だ。
 運命の導きのように星守人と遭遇し、新王候補としての資質が見出された。
 シアの玉座へと続く道が今、開かれたのだ。
 その道を進みあぐねることはない。
 自分はシアの王になるために、この国へ来たのだから。
「国王の星があるのは王都です。私たちと一緒にセラシアへ行っていただけますわよね」
「そりゃまあ、喜んで」
 アナンの申し出にユージンは即答した。
 何も迷うことはない。
 いとも容易く自分が新王候補に挙がったことは些か拍子抜けだが、玉座との距離が縮まることに文句はない。
 星守人に同行することで、競争者たちとの不毛な争いが回避できるなら尚更有り難かった。
「じゃあ、決まりね。アナン、さっさとユージンを王都に送り届けるわよ。そうしたら、あたしは晴れて自由の身だわ」
 レイジィが喜色満面にアナンを促す。
 途端、アナンの秀麗な顔が不安げに翳った。
「このような時に口外する事柄ではありませんわよ」
「解ってるって。でも、あたし、新王候補が見つかってホントに嬉しいのよ」
 レイジィの双眸が活力を帯びて輝く。
 ユージンが同行を承諾した辺りから彼女は急に機嫌がよくなり、妙に活き活きとしているように見えた。
 ――変な女だな。
 ユージンは渋面でレイジィを見遣り、溜息を落とした。
 これから王都までレイジィとずっと一緒だということを想像すると、ほんの少しだけげんなりした。
 しかし、多少の不満には目を瞑るべきなのだろう。
 これも王になるための一つの試練として受け止めるしかない。
 ――シアの王になったら、嫌でも星守人とつき合わなきゃならないしな。
 今のうちから謎めいた星守人に慣れておくのも悪くない。
 そう割り切り、ユージンは前向きに物事を考えることに決めた。
「とりあえず今日はハイトスに宿を取って、そこでセラシアまでの道程を検討しましょう。さっ、行くわよ、みんな!」
 威勢のいい声で皆を促し、レイジィが意気揚々と身を翻す。
 その背を眺め、ユージンは苦笑いを零した。
 すっかりレイジィに主導権を握られてしまったようだ。
「元気なお嬢さんだね」
 グラディスが笑い混じりに告げ、さり気なくアナンの手を取る。
 目の見えぬ彼女を気遣うように彼はゆっとくりと丘を下り始めた。
 ユージンは丘裾に広がるハイトスの街を見下ろし、それから遙か遠くに視線を馳せた。
 ――これが、俺が王となる国。こ国の全てを手に入れた時、俺の復讐は終わる。
 ユージンは期待と不安に胸を躍らせながら皆の後を追った。
 その足取りは淀みなく、一歩一歩しっかりと大地を踏み締めていた。


     「秘密」へ続く



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2009.09.26 / Top↑
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