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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.09.26[10:25]
秘密



 ハイトスを出発して五日後、ユージンたちはシア第二の都市レオンに辿り着いていた。
「久しぶりにまともな飯を食ったぜ」
 人々の談笑や嬌声を背に、ユージンは食堂の扉を開けて表へ出た。
 繁華街の近くに宿を取るなり、四人は食堂に直行したのである。
 二日間の野宿でろくな食べ物を口にできなかったためか、満場一致で食事が最優先事項となった。
 今は思う存分に空腹を満たし、心も満ち足りている状態である。
「ホント幸せな気分。何の変哲もない料理があんなに美味しいなんて初めて知ったわ」
「俺とおまえで軽く十人前は平らげたもんな」
 続いて出てきたレイジィにユージンが笑いかけると、彼女も笑顔で応じた。
「あたし、まだまだ食べられるわよ。夜食用に何か包んでもらおうかな」
「駄目だよ。支払いも終わったし、帰るよ」
 食堂に引き返そうとしたレイジィの行く手をグラディスが阻む。
 彼は呆れたような視線をレイジィとユージンに向けていた。
「二人で十人前も食べて、まだ余裕があるなんて信じられないね。感嘆に値する胃袋だよ」
「食欲があるのは健康な証しですわ」
「僕には暴飲暴食としか思えないけれどね」
 不服げに唇を尖らせているレイジィに向かってアナンが柔らかく微笑み、グラディスが苦々しく吐き捨てる。
「ホントにもう終わりなの? つまんなーい。もっと美味しいもの食べたいのに。――そうだ! これから夜の市に行けばいいんだわ」
 上目遣いにグラディスを睨んでいたレイジィだが、急に何かを思い出したようにパッと目を輝かせた。
「何だよ、夜の市って?」
 興味本位でユージンが尋ねると、レイジィの頬が興奮を表すようにサッと上気する。
「レオンがシア第二の都市になったのは、大きな街道が幾つも交わる地点だからなの。つまりは交易が盛んなわけよ。街の中心部には昼夜問わず巨大な市が起ってるの。シアで一番大きな市だもん、きっと珍しい食べ物や土産品がたくさん並んでるに決まってるわ」
「まあ、それなりに面白そうだけどな」
「そう思うでしょ! 行ってみたいわよね」
「遅くならないうちに宿へ帰ると約束してくれるのなら、観に行っても構いませんわよ」
 レイジィの興奮が伝わったのか、慎重派のアナンが珍しく快諾する。
「ありがとう。約束する。二時間以内には必ず宿に戻るから」
「約束ですわよ。それでは、私は先に宿へ戻っていますわ」
「じゃあ、僕もアナンと一緒に戻るよ。そういうわけだからレイジィのお供は任せたよ、ユージン。たまにはのんびりと市を覗くのも悪くないだろ」
「了解。何か珍しい物があったら買ってきてやるよ」
 宿に戻るという年長組に陽気な笑顔を向け、ユージンは目顔でレイジィを促した。
「アナンとグラディスの気が変わらないうちに行くわよ、ユージン!」
 レイジィが嬉しさも露わに声を弾ませ、ユージンの腕を掴む。
 直後、前方から現れた黒い影がレイジィに衝突した。
「わっ!」
 思いがけず体当たりを喰らった形になり、レイジィがその場に尻餅をつく。
 レイジィがぶつかったのは、黒装束を身につけた男の二人組だった。
 どちらも背が高く、異様に体の線が細い。
「申し訳ありません。大丈夫ですか」
 男の一人が慌てて屈み込み、レイジィに手を差し伸べる。
「痛いじゃない。気をつけてよ」
 レイジィは痛みに顔をしかめながら、反射的に利き腕である右手を出していた。
 その手を掴んだ瞬間、男が身を強張らせる。
 彼は怖々とレイジィの掌を返し、そこにあるものをじっと凝視した。
 連れの男もレイジィの掌を覗き込み、ハッと息を呑む。
「星守人――」
 黒装束の男たちが異口同音に呟く。
 彼らはレイジィの星刻に目を奪われていたのだ。
「あっ……えーっと、見なかったことにしてくれると嬉しいな。ハハハ」
 星刻を目撃された事実にようやく気づいたらしく、レイジィが急いで手を引っ込める。彼女は愛想笑いを浮かべながら自力で立ち上がった。
「これは、本当に失礼を致しました」
「星守人が新王候補を捜して国内を巡っているという噂は、真実だったのですね」
 黒ずくめの男たちは驚きを隠せないのか、まだレイジィを食い入るように見つめている。
 まさか、こんな所で星守人に出逢うとは思ってもいなかったのだろう。
 シアの国民にとって星神セラに選ばれた星守人は、畏敬の対象であるらしい。
「あなたが星守人だとは露知らず、とんだご無礼を致しました。お許し下さい」
 男たちが揃って深々と頭を垂れる。
 それを見てレイジィは困ったように苦笑いを浮かべ、アナンに助けを求めた。
「お店の入口で屯していた私たちが悪いのですわ。こちらこそ申し訳ありません」
 アナンが謝罪する。
 しかし、男たちは頭を上げて彼女の姿を確認するなり、ますます恐縮したように身を竦めた。
「おお、まさか《神の眼》までご一緒とは――」
「すると、そちらの殿方二人は新王候補ということになるのでしょうか?」
 感嘆混じりの男たちの声。
 彼らの視線は落ち着きなくユージンたちの間を彷徨っていた。
「今は何も言えないわ。それに、決めるのはセラだもん。――っと、もうこの話は止めましょう。お店の出入口を塞いでいたのは、あたしが悪いわ。ホントにごめんなさい」
 レイジィが新王候補の話題を打ち切るようにして殊勝に謝る。
 男たちは『とんでもない』というようにかぶりを振ってから、片手を胸の前まで持ち上げ、指で八芒星を描いた。
「セラのご加護がありますように」
 レイジィが儀礼的に挨拶を返すと、黒装束の男たちは安堵したように息を吐き、食堂の入口を潜っていった。
「何だ、あいつら? やけにおどおどしてたな。星守人に逢うと、この国の人間はみんなああなるのか?」
 ユージンは男たちが消えていった扉を眺め、大きく首を捻った。
「ここは星神の国だからね。星守人はある意味、国王より民の信頼が篤いんだよ。ところで、彼らはクシュカ族のようだけれど、こんな町中にいるなんて珍しいね」
 グラディスがしたり顔で告げる。
「まあ、クシュカ族でしたの。滅多に逢えない方々ですわね」
「確かに、珍しいわよね」
 アナンとレイジィがグラディスの見解に同意するように大きく頷く。
 どうやら、ユージン以外の誰もがクシュカ族とやらを知っているらしい。
「クシュカ族って、何だよ」
 自分だけが蚊帳の外に置かれているような気がして、ユージンは憮然と質問を発した。
 すかさずレイジィとグラディスの呆れ混じりの視線が飛んでくる。
「レオンの西にグスタクという街があるのよ。その街の象徴が、鉱石資源豊富なグスタク山」
「クシュカは、古来よりグスタク山中を住処としている一族なんだよ。彼らの特徴は長身で痩身、そして木の上に居を構える変わった風習があること。日常の殆どを高い木の上で過ごしているからか、常人よりも遙かに身のこなしが軽い。彼らが住処であるグスタク山を降りて、下界にやってることは極めて稀だという話だよ」
「へえ、よく知ってるな」
「グスタクの鉱石は有名だし、アダーシャにも大量に輸入されているよ。君が勉強不足なだけだ。それより僕が気になるのは、山から出ることのない彼らがレオンまで足を伸ばしていること。更に山に籠もりきりで世事に疎いはずの彼らが、星守人が新王候補捜しに乗り出している事実を知っていた点だね」
 グラディスが腑に落ちないという口振りで一気に言葉を連ねる。
 ユージンはそんな相棒に肩を聳やかしてみせた。
 物事を深く考えすぎて要らぬ疑問や心配を抱え込むのは、グラディスの悪い癖だ。
「街に降りて来てるんだから、噂ぐらい耳にするだろ。シアの民なら星に関心を持っていて当然だろうしな」
「彼らだって一年中山に籠もってる訳じゃないわ。それに、ここはレオンだもん。きっと彼らも盛大な市を観に来たのよ」
 レイジィが楽天的に結論づける。
 グラディスはまだ納得できないのか再び口を開きかけたが、彼よりも先にアナンが言葉を発した。
「そういえば、夜の市を観に行くのでしたわね、レイジィ。お店の前で立ち話は迷惑ですから、そろそろ出発しましょう」
「そうね。往来の邪魔よね。時間も限られてることだし――行こっか、ユージン」
 本来の目的を思い出した途端、レイジィの表情が明るく輝く。
 彼女は疾うにクシュカ族のことを忘れ去ったらしく、物凄い勢いでユージンの腕に飛びついてきた。
「レイジィを頼みましたわよ」
「じゃあ、また後で――」
 背後から年長組の声がかけられる。
 だが、レイジィの馬鹿力によってずるずると引きずられているユージンには、返事をするほどの余裕はなかった。


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